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【建設パーソンのカーライフ】建築家・松永 基は問う「建築もクルマも、そこに意図はあるか?」

【建設パーソンのカーライフ】建築家・松永 基は問う「建築もクルマも、そこに意図はあるか?」

ガレージハウスは“素材”が命

オーナーとクルマの距離が近く、まるで共存しているかのような“ガレージハウス”の設計を多く手がけてきた松永さん。ガレージハウスはクルマ好きにとってまさに憧れの空間だ。彼は、施主が所有する車種を聞けば、施主が求める家のイメージが湧きでて、悩まず設計できるのだという。

 

松永さんが設計した「牧之原の家」。(写真提供/エムズガレージ)

ただ、クルマ好きというのはさまざまなタイプがいるもので、一台のクルマと一生添い遂げる人もいれば、あれこれ乗り換えたい人もいる。ド派手なイタリアン・スーパーカーからシックな英国旧車に乗り換えるケースだってある。クルマに合わせてしまうと、後々困るのでは?

「ぼくもそうですが、たしかにクルマ好きは、一般の人よりひんぱんにクルマを買い替えていきます。でも、どこか一本筋が通っている。『おそらくこの人はこの先、こんなクルマに乗っていくんだろうな』と想像しながら、ガレージハウスをつくっていくんです」

クルマ好きだからこそ、クルマ好きの気持ちに寄り添えるということか。

ガレージハウスを設計する時、松永さんがなにより大切にするのは“素材感”である。

松永さんが設計した「牧之原の家」のガレージ部分。(写真提供/エムズガレージ)

現代は、アルミ素材に木目調プリントが施されていたり、極薄のフローリング調の床だったりと、建築資材に「ウソつきの素材が多い」という。しかし70年代頃までの旧車は、素材にウソをついていない。だから、ガレージもそれに合わせ、素材の“らしさ”を生かして使う。

「特に60、70年代のクルマは安全制御装置もオートロックもなにもないし、快適じゃないかもしれない。モノこそないけれど、でも、もっと素材に正直です。安っぽい樹脂パーツだって樹脂らしく使われている。ウソをついていないんですよね」

「素材を素材らしく生かす」とは一流料理人が口にしそうなフレーズだが、こと建築についても、それは同様である。ガレージハウスはクルマがもっとも大事な素材。だからそれに負けないように、家も素材を重視するのだ。

旧車と名建築に共通するもの

撮影のためにエンジンを始動させたランチア・ベータ・モンテカルロは、2019年の基準から考えれば、かなりにぎやかしいクルマだ。けむったいし、油っぽい香りもする。すぐ隣をハイブリッドカーが無音無臭で走り去る。このモンテカルロもそうだったように、旧いクルマは、減税や環境保護と引き換えに淘汰されようとしている。

フードはこのように開く。エンジンルームは、現代のクルマでは考えられないぐらいに、なにもない。

いつしかモダニズム建築の雄・都城市民会館(菊竹清訓設計)の解体決定の話題になった。旧いクルマと旧い建築を残すということはどこか似ている。一時期の建築やクルマに漂う“モダニズム感”を松永さんは愛し、そして大切にしたいと思っている。

「もう“文化”の話になってくると思います。建築にしてもクルマにしても、一度壊してしまうと、もう二度とつくれない。だから保存・活用をする。建築もクルマも使ってなんぼで、博物館に入れておいてもしょうがないですからね。……ただ、日本人って、経済的合理性で見がちなのか、すぐ失くしちゃうんですよね」

松永さんが、ふたつの興味深い話をしてくれた。いま、世界の超高層建築は、アメリカと中東、そして中国で盛んに建てられていること。各国が経済効率が悪いにもかかわらず、600m級の超高層建築を建てるのは「競争に勝ちたい」という一心からだ。その競争をヨーロッパはとうの昔に降りていた。そして「旧いものをどう保存活用していくか」と考えてきたそうだ。

もうひとつは台湾の話。彼いわく台湾では、日本の建築をとても大切にしてくれているのだとか。

ひるがえって、日本はどうか。かつては超高層ビル建設競争に参加していたが、いまは違う。だからといって、旧い建築を積極的に残そうとしている風土があるわけでもない。

松永さんはおもむろに、みなとみらい地区を指さす。

「長く持たせることを考えられていない建築物は、ハリボテのような素材でつくられている。それを生み出してしまうのは、他でもなく建築家。建築家って弱い立場だけれど、戦うことをやめて、経済合理性だけを向いて、ちょいちょいとつくっちゃうのはね……設計を担う建築家の責任は大きいですよ」

建築の世界だって経済合理性の必要がないわけじゃない。でも、経済優先のあまり、素材も構造もすべてウソだらけの違法建築のニュースが連日世を騒がせているのを見ると、「まっとうにモノをつくる」とはなんなのだろうと考えさせられてしまう。

「ぼくは、きちんとモノをつくっていく人間を信じていたい。それにクルマも家も、ウソをつかないでつくられているほうが、乗っていてもいいし、見ていてもいいからね――」

イタリアの匠が魂を込めた真っ赤なクルマが走り出す。まるで生きもののように鼓動するエンジンに背中を押されながら、松永さんは“意図のある建築”を生み出すべく、これからもアクセルを強く踏み込みつづけていくはずだ。

 

写真/奥村純一

 
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「建設の匠」編集部
「建設の匠」編集部
「建設の匠」編集部の中の人。ひとりで取材したり記事を書いたり写真を撮ったりしております。ツイッターは@KensetsuTAKUMI、フェイスブックは@kensetsutakumi2018。
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