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激務の建設コンサルタント業界を「内から」変える。建コン愛あふれる若手たちの決意

激務の建設コンサルタント業界を「内から」変える。建コン愛あふれる若手たちの決意

6月末、東京・秋葉原で開催された「ツナガルドボク JOBCAFE」。ここで当メディア連載「土木3.0」でおなじみ、ツナガルドボク中国・宮内よしゆきさんら率いる“学生側”と共に、イベントを開催した“社会人側”の集団が、一般社団法人 建設コンサルタンツ協会「若手の会」(別名:建コン4.01(ケンコン・フォース))だ。

建設コンサルタントとは「土木の設計プロ集団」であり、彼らの仕事はざっくり言えば「まちづくりとまちの利活用を提案する仕事」である。しかし土木学生に限らず、一般社会においても決してその仕事内容が理解されているとはいえない。

業界団体である建設コンサルタンツ協会が人材不足の時代に打った手が、先遣隊たる「若手の会」の発足や、彼らと学生団体との合同イベントなのだろうか。その真意を問うべく、「若手の会」メンバーに直撃してみた。すると、予想外の回答が……!

自発的に生まれた若手の集まり

左から小笠直孝さん(ニタコンサルタント)、清水亨一さん(西日本技術開発)、伊藤昌明さん(オリエンタルコンサルタンツ)、竹内 聡さん(開発技建)、今野愛美さん(オリエンタルコンサルタンツ)

――建設コンサルタンツ協会(以下、建コン協)の「若手の会」は、そもそもなぜ発足したんですか?

伊藤さん 私が社内異動で技術系から本部の仕事に異動したんですよ。本部の仕事には建コン協関連の仕事があるというので、建コン協の総務委員会に入り、建コン各社の幹部の方々の会議に同席して、ベテランの幹部による「この業界をどうやって魅力的な業界に変えていくのか? 20年後や30年後の業界をどうしていくのか?」みたいな話を聞いていて、ものすごく違和感を感じたんです。

それよりも10年後や20年後に幹部クラスになっている若手世代が、当事者として業界をどう変えていくかを議論する場があってもいいんじゃないかと。そもそも協会には若手の組織がなかったので、その立ち上げをしようと決めたのが2014年4月のことです。

伊藤昌明さん(オリエンタルコンサルタンツ)

――若手主導なんですね。では、そこで発足して……。

伊藤さん いえ、まだ(笑)。嘆願をしたんです。それから「こんな会を立ち上げる意味があるのか」「なんの成果が出るんだ」ととうとうと聞かれ続けて、1年後に「まあ、そこまで言うならやってみろ」と言われたので、ようやく立ち上げることに。それから「全国にはきっと熱い人間がいるだろう」と思って各支部に協会を通して呼びかけたところ、各支部・各社からメンバーが集まった。

竹内さん 各支部の代表も、各社の代表もいます。協会は代表以外は水平の組織なので。

竹内 聡さん(開発技建)

小笠さん そうして本部で若手の会が立ち上がって、若手組織がなかった各支部にも話が伝わって……。

伊藤さん それから自然発生的に各支部でも「若手の会」が立ち上がりました。

竹内さん この本部も中心というか、中央組織ではない。みんな水平の位置付けですよ。

伊藤さん ヒエラルキーはないですね、たしかに。中心というほど求心力はないです(笑)。おこがましいじゃないですか。

――あのう、聞きにくいんですが、建コン協にはヒエラルキーはあるんですか。

竹内さん あります(即答)。強めに(断言)。

伊藤さん 建コン業界全体を見渡すと、トップダウンの雰囲気が漂っていますよね。

若手と言っても多種多様

――さらに失礼なこと聞きますけれど、「若手」ってどのあたりまで若手なんです?

伊藤さん 45歳以下ですね。国の若手表彰の対象に準じています。そういうことでいったら、今日のメンバーはけっこう年齢いってます。若手感ないですね(笑)。

――ということは、みなさんには役付きの方も。

竹内さん 課長です。

伊藤さん 課長になったの? すごいじゃん。

小笠さん 係長です。

清水さん 課長補佐です。

今野さん 技師です。

――いろいろですね。それでも関係性はフラットなように見受けられます。

竹内さん 全然フラット。関係ないです。ほら、10個下でもタメ口ですから(笑)。

――もともと、業界内で他社同士の接点はあまりないんですか?

竹内さん なんとなく見えないコンプライアンス上の壁があって、どちらかというと(他社間で)壁を立てるのがうちらの業界だったんです。

伊藤さん たしかになあ。

清水さん バチバチです。

竹内さん 「利害関係者と会って変な話するな」というのが一般的な認識だったと思います。

――では情報発信などもあまりしてはこなかったと……。

小笠さん そもそも顧客が地方自治体なので、広く一般にPRしたりしないんです。わたしも父がコンサル業界だったんですが、昔からそんな話を聞いています。広告などを逆に嫌うというか、「安っぽくなる」とか。

――安っぽくなる、とは?

小笠さん 「技術士という資格を持つ“士業”は、あまり宣伝なんてするもんじゃない」みたいな感じです。

――なるほど。そのせいなのか、建コンって一般的にはなにをしているのかイメージしにくい仕事だと思うんですが、みなさんはこの業界をどうやって知り、なぜ入られたんですか。

今野さん 私の場合はちょっと特殊なケースになるんですけれど。

一同「特殊だね」

今野さん もともと北海道に住んでいたんですけれど、「東京で一花、咲かそうかな」と。ちなみにその時は私はお花屋さんに勤めていて、「花を咲かせてばかりで、自分の花が咲いてないな」って(笑)。

竹内さん 「私という大輪の花」をね。

――竹内さん、文字に起こすと若手感がなくなるのでその辺にしときましょう。

今野さん 最初は派遣社員として入って、そこで才能を買われて(笑)拾われたんです。だからもともとこの業界のことを知っていたわけじゃなく、むしろなにも知らずに入ってきた感じです。

今野愛美さん(オリエンタルコンサルタンツ)

――大学でそういう勉強をしていたわけじゃないと。

今野さん してないです。まったく”建コン”という存在を知らなかった。

小笠さん わたしは、まったくの別の仕事から転職です。しかもまだ5年目ぐらいですね。

――ある意味でもっとも若手と呼ぶにふさわしい人じゃないですか!

小笠直孝さん(ニタコンサルタント)

伊藤さん 清水さんは土木なの?

清水さん 土木です。もともと高校から理系で、大学で木などを組み合わせて橋をつくって、それに力を加えたらどれぐらいで壊れるか……みたいな「ブリッジコンテスト」的な実験を授業でやっていたんですよ。「これは面白いな」と思って興味がわいて、そこで建コンについてちょっと調べて……。ただ自分は九州の大学やったので、東京に出て全国を飛び回るっていうのはあまり考えてなくて「地元で働きたいなあ」と思っていたので。地元からは離れたことがないんですよね。だから本部の若手の会に来ること自体がすごく新鮮でした。

――元お花屋さんのコンサルには一生会わなかったかもしれない。

清水さん さすがに会わないと思います(笑)。

清水亨一さん(西日本技術開発)

――竹内さんは?

竹内さん ぼくは環境系の学科だったんです。環境活動家はいっぱいいるんですけれど、環境をビジネスとしてるのって、建コンぐらいなんですよね。建設するのに環境を守る。それを一体でできる仕事ですから。あとはクルマが好きなのでクルマを持つには地元がいいなと。

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「建設の匠」編集部
「建設の匠」編集部
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