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タテコレ
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  • 6月23日に行われた見学会には県内外から400名が集まったとか
  • 南側出入口はいたってシンプル
  • 武骨で鋭利でメカメカしい公共施設
  • 1階エントランス
  • 放射状の扉。木製である
  • 木製サッシ
  • 時間が止まった楽屋のひとつ
  • 2階ホールの内部
  • 空調用ダクト

旧都城市民会館コレクション【新陳代謝できなかったメタボリズム建築】

1966年、宮崎県都城市にて竣工した市民会館に、当時の市民は度胆を抜かれた。それはヤマアラシなのかカタツムリなのか、はたまた王蟲(『風の谷のナウシカ』に登場する巨大生物)か……。公共施設とは思えぬ姿かたちだった。

地盤が悪い土地、限られた建設費。厳しい制約条件の中で、建築家・菊竹清訓(きくたけ・きよのり)は構造家・松井源吾と協議の上、基礎杭を減らし集中させるため、トラス梁を放射状に並べることにした。鉄骨造の屋根はホールとして求められる音響のスペックを満たしつつ、天井と一体化。きわめて合理的なつくりとなっている。

これには、1960年代に勃興した人口増加&技術発展に応じて更新される都市の成長を説く建築運動・メタボリズムの思想が込められている。鉄筋コンクリート造の下部構造は不変だが、屋根(いわゆるカタツムリ部分)は代替できるようになっているのだ。

都城市民会館は「中銀カプセルタワービル」や「山梨文化会館」と並び、日本のメタボリズム建築の代表例として教科書にも載るぐらいの建築だった。

だが短期間の設計に無理があったのか、施工段階での不手際があったのか、あるいは監理費用が削られたのか、竣工1年以内には雨漏りする事態に……。屋根=ホール天井のため、大雨の日には遮音性にも難があったようだ。それでもこの異形の建築は市民に愛され、コンサートや結婚披露宴などに使用されてきた。

2006年、市中心部に新しい総合文化ホールが完成。40年経った菊竹建築の保存か解体かの議論が起こり、歴史的な近代建築の調査・保存を行う学術組織・DOCOMOMO Japanまで巻き込むも、一時は解体が決定。しかしそこに無償貸与を申し出てきたのはある学校法人だ。市は、サテライト施設として活用したいという学校法人へ20年間貸与することになり、保存を望む市民や全国の建築ファンはほっと胸を撫でおろした。

しかし、結果的に約束は果たされなかった。学校法人は建物を活用せぬままで、使用者を失った市民会館は老朽化する一方。やがて学校法人は市に返還を申し出て、市は再度市民アンケートを行い、スポンサー企業を募った。事態はふたたび解体へと動きはじめた。

そして2019年3月末、市はついに解体を決断。7月には解体工事をはじめるという。そして6月23日、解体前最後の見学会が行われた――。

見学会の様子は後日あらためて記事にする予定だ。まずはこの名建築の最期の雄姿をご覧いただきたい。

SPOT INFORMATION
旧都城市民会館

所在地
宮崎県都城市八幡町11−1
用途
文化・研究施設
旧用途
市民会館
階数
地上2階
エレベーター数
1基
延床面積
3,065.64㎡
建築面積
2,261.4㎡
竣工年月
1966年
関連企業
発注者(事業主)
都城市
設計者
菊竹清訓建築設計事務所
構造設計者
松井源吾研究室
施工者
鹿島建設株式会社
管理運営
都城市
技術・工法
構造
鋼構造、低層部は鉄筋コンクリート造
規模
地上2階
高さ
25.7m
都城市民会館
WRITER
「建設の匠」編集部
「建設の匠」編集部
「建設の匠」編集部の中の人。ひとりで取材したり記事を書いたり写真を撮ったりしております。ツイッターは@KensetsuTAKUMI、フェイスブックは@kensetsutakumi2018。
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