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タテコレ
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  • 見学者とのサイズの違いを見てもらえれば分かるように、両国において存在感は圧倒的
  • 一目見て、江戸時代から現代までの歴史を展示している博物館だと分かる人はいるのだろうか
  • 3階部分から見上げるとまるで「巨大な板」だ
  • 白い四本足ロボットにも見えてくる
  • この角度から見ると日本家屋感が強い
  • 真っ赤なエスカレーター・チューブは臓物のように有機的
  • 3階には1721年から1929年まで浅草寺で使われていた「観音堂大棟鬼瓦」が鎮座する
  • 空からは両国国技館と軒を並べる家のようにも、国技館を見下ろす白い番犬のようにも見える(写真/Adobe Stock)

東京都江戸東京博物館コレクション【高床式に込められた切なる願い】

相撲の聖地・両国国技館の隣にあるのだけれど、そのスケールをはるかに凌駕する巨大建築。この江戸東京博物館は、見る角度によって印象を大きく変える。

大きな屋根の日本家屋を模しているようにも見えるし、四足歩行の巨大なロボットのようにも見える。3階の真下から見上げれば……もうなんだか分からないぐらい「巨大な要塞」のようだ。

この建築の設計において匠の技をふるったのは、メタボリズムの雄・菊竹清訓。惜しくも解体されてしまった旧都城市民会館を手がけた奇才である。

旧都城市民会館とはまったく異なる直線だけで構成された躯体。とりわけ気になるのは、1階がミュージアム・ショップと企画展示室、3階がピロティで、4~5階が常設展示室という特異な構造である。大きな柱によって、彼の初期作品「スカイハウス」のように宙に浮いているのだ。ちなみに架構形式は、柱、梁ともに単材を組み合わせたスーパーストラクチャーである。

菊竹はなにも奇抜さだけをねらって、この高床式デザインにしたわけではない。理由のひとつとして水害対策がある。この墨田区一帯は、ハザードマップによれば1m以上の浸水のおそれがある。水害を原体験に持つ菊竹は、この高床式によってそのような水害から文化財を守り、さらに地域住民を守る避難所としての目的があったのではないか――とまことしやかにささやかれている。島根県立博物館(1958年)なども同様の構造だ。

ただ、江戸東京博物館の数年前(1988年)に竣工した川崎市市民ミュージアムは、同じ菊竹作品にもかかわらず同様の形式を採られていない。そのせいか先の台風19号による浸水で、地下所蔵されていた美術品に深刻な被害をこうむってしまった。なぜこれほど違うのか。菊竹がこの世を去ってしまったいまとなっては、真実を知る由もない。

江戸東京博物館は竣工から30年近くが経っているため、建物設備の老朽化対応として躯体を残して全面改修に入る(2021年度には着工)。

そのあいだ展示物はすべて搬出するそうだが、高床式施設からどこへ移して保管するのが安全なのだろう。近年連続して起こる大水害を思うと、それが気がかりでならない。菊竹の思想の正しさを証明する事態にならないことを切に願うばかりである。

SPOT INFORMATION
江戸東京博物館

カテゴリ
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用途
文化・研究施設
階数
地下1階・地上7階
敷地面積
29,293㎡
延床面積
48,512.95㎡
建築面積
17,562㎡
着工年月
1989年6月
竣工年月
1992年11月
関連企業
発注者(事業主)
東京都
設計者
菊竹清訓建築設計事務所
構造設計者
松井源吾+ORS事務所
施工者
鹿島建設株式会社他
技術・工法
構造
鉄骨鉄筋コンクリート造
規模
地下1階・地上7階
高さ
62.2m
日本、東京都墨田区横網1丁目4−1 江戸東京博物館
WRITER
「建設の匠」編集部
「建設の匠」編集部
「建設の匠」編集部の中の人。ひとりで取材したり記事を書いたり写真を撮ったりしております。ツイッターは@KensetsuTAKUMI、フェイスブックは@kensetsutakumi2018。
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