萩原雅紀の「ダム」道。【06】まもなく旬! ハギワラ 春のダム放流まつり

すべてのダムで一生に一度! 試験湛水満水の放流
ここまでは通常のダムの運用で見られる放流を紹介してきた。ここからは通常の運用ではほぼ見られない「レア放流」を紹介したい。
ダムを建設するとき、本体の工事が終わったらいよいよ水を貯めはじめるけれど、堤体の安全性や機能を確認するために、試験湛水と言って、まずはいったん満タン(サーチャージ水位)までゆっくり水位を上げていく。無事に満水を迎えたら、クレスト部の放流設備が正常に機能するかどうかの確認で、いよいよはじめての放流が行われる。
上に書いた通り、洪水調節用の放流設備があるダムでは、クレスト部の放流設備は最後の手段なので、ここからの放流が見られるのはこのときだけ、と言っても過言ではない。

いまのところ最初で最後のクレスト放流(摺上川ダム/福島県)
これから新しく造られるダムは少ないけれど、最近は数日前にプレスリリースも出ることが多いし、新ダム完成の祝祭的な雰囲気もあるので、機会があればぜひ見に行ってほしい。
と思ったら各ダムが「点検放流」で開かずのゲートを開けはじめた
「クレスト部の放流設備は最後の手段」と書いた。それは間違いではないのだけど、最近ダムにとって「想定外」な出来事で、これまで開かずの扉だったクレストゲートを開けて放流するダムが増えている。その想定外とは、異常気象とダム人気というまったく異なる要素だ。
この数年、異常気象でこれまでの想定を超える豪雨が各地で発生し、洪水調節の結果「異常洪水時防災操作」に移行せざるを得なくなったダムが各地で発生した。それに伴い、基本的に使うことのなかったクレスト部の放流設備について、各ダムがこれまでは正常な動作の点検しか行なっていなかったのを、放流を含めた点検まで行うようになったのだ。
具体的には、ゲートを開けても水が流れ出ない水位の低い時期に動作点検していたのを、水位の高い時期に動かして実際に放流まで行なうダムが増えてきた。

点検放流のイベント化の口火を切ったのは何と言ってもここ(下久保ダム/埼玉県・群馬県)
さらに、ダム人気の高まりでダムを訪れる人が増えた結果、ダムを使った町おこしの一環として、ダム管理所と地元が共同で点検放流をイベント化。本来は事務所が休みだった土日に開催日を設定し、事前の告知はもちろん、当日は屋台などを出して盛り上げたところ、数百人から数千人が訪れるダムも出現。点検放流が毎年恒例となったダムも増えてきているのだ。

この山奥に1000人以上が集まり全国のダム関係者の意識を変えた(矢木沢ダム/群馬県)
各地のダムが、これまでほとんど使われなかったクレストゲートからの放流をイベント化して行なうこの状況、ダム好きからすれば夢のような展開である。ぜひこのビッグウェーブに乗り遅れないでほしい。まだ点検放流を体験していないファンも、まだ点検放流していないダムも。
わざと洪水を起こして環境改善、「フラッシュ放流」
ダムができると下流は安定する。ダムができる以前は少し雨が降る度にこまめに増水を繰り返していた川が、ちょっとやそっとの雨では放流が行われず、たまに洪水調節を伴うような大雨が発生しない限り、河川維持放流や低水管理の放流程度の水しか流れない環境になる。そうなると、安全ではあるけれど、淀みが発生したり、苔や藻などが跋扈して環境が悪化してしまう、という面もある。
そこで、稀にダムから水を放流、人工的に流量を増やして川底の汚れを流してしまう、という取り組みが行われているダムがある。これは「フラッシュ放流」と呼ばれていて、最近はクレストゲートの点検を兼ねて行なっているところも増えてきている。
放流のようで放流でない……でも放流? ゲート点検の「抜水」
最後に、ちょっと変わった放流をご紹介しよう。オリフィスゲートやコンジットゲートを点検や修理したいとき、開閉すると放流してしまうので、ほとんどのダムには通常使用するゲートの上流側に、もうひとつ予備のゲートが設置されている。点検や修理のときは、ふだんは全開にされている予備ゲートを閉めて、本ゲートを開閉しても水が流れないようにするのだけれど、本ゲートと予備ゲートの間に水が溜まっているので、本ゲートを開けるとその水が流れ出る。これは抜水(ばっすい)と呼ばれていて、一見すると放流のように見えるのだ。

とつぜん放流がはじまり、すぐ終わるので何事かと思う(下久保ダム/埼玉県・群馬県)
溜まった水はそれほど多くないので、放流と言っても数十秒から数分で自然に終わるけれど、商魂たくましくこれをイベント化するダムもある。また、どのダムでも1ヶ月に1度程度行われているので、ダム見学に行ったときに偶然出会うこともあるだろう。私はいままで3回くらい遭遇したことがある。

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