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萩原雅紀の「ダム」道。【07】GWはダム界の“細マッチョイケメン” アーチダムに会いに行こう

萩原雅紀の「ダム」道。【07】GWはダム界の“細マッチョイケメン” アーチダムに会いに行こう

いくつかあるダムの型式の中で、いや、世の中にあるあまたの土木構造物の中で、もっとも華やかなもののひとつがアーチダムだと思う。ひいき目でしょうか。

正確には「アーチ式コンクリートダム」という。堤体自身の重さで水を貯めたときの水圧に耐える重力式コンクリートダムとは異なり、水圧をアーチ作用で左右と下の岩盤に受け流す。

擬人化するなら、電車の中で両手で壁ドンしながらラッシュの圧力からドア際の女の子を守る細マッチョのイケメン、というキャラクターに違いない。ひとめぼれ間違いなしである。僕だってダムに生まれ変わるならアーチ式になりたいし、もっと現実的な話をするならせめてアーチダムの下流に住んで守られたい。

高さ日本一の黒部ダムがアーチ式であることも大きいと思うけれど、ダムと言えばこの形を思い浮かべる方も多いと思う。ではあなたは黒部ダムを実際に見たことがあるだろうか。そしてそれ以外のアーチダムをご存知だろうか。

今回は、私がこれまでに見てきたアーチダムの中から、特におすすめのダムを紹介したい。もちろん黒部ダムもいい。しかしほかにも見るべきダムはたくさんあるのだ。

「日本初のアーチダム」はどこにある?

たとえば日本で最初のアーチダムは? この問いに対する答えは2つあって、宮崎県の上椎葉ダムと島根県の三成ダムが正解。

事情を説明すると、日本で初めて計画されたアーチダムが上椎葉ダム、最初に完成したアーチダムが三成ダムなのだ。とは言えダム界には「ウチが本家本元」というような争いはなく、どちらもパイオニアとしてリスペクトされている。

堤高は上椎葉ダムが当時日本最高の110メートル、三成ダムは36メートル。もちろん、三成ダムも日本のアーチダム史に欠かせない存在だけど、ここでは日本で初めてアーチ式が採用され、日本で初めて堤高100メートルを超えたダムでもある上椎葉ダムを紹介したい。

いろいろな「日本初」が枕詞につく上椎葉ダム

上椎葉ダムは、険しい九州山地の中心であり平家落人伝説の残る椎葉村に計画された。ダムが造られる耳川は、大正時代から住友財閥が水力発電の適地として開発し、下流から順に道路と発電所とダムを造っていたものの、戦後九州電力が引き継いでからも最上流の椎葉村はまだ道路事情が悪く、資材を運ぶために海沿いの延岡市からおよそ60キロもの索道が引かれた。

当初はオーソドックスに重力式コンクリートダムとして構想されたが、海外の技術陣からはコンクリートの使用量を大幅に削減できるものの国内にはまだ前例のなかったアーチ式コンクリートダムが提案された。それをもとに大雨や地震といった日本の気象条件に合わせたアレンジを加えたという。

1955年に完成し、日本でもっとも高いダムに躍り出た上椎葉ダムは、上流面も下流面もほぼ鉛直の円筒アーチで、堤体の厚さも後世から見ると厚め、左右岸に設置された洪水吐は水門から流れ出た先がスキーのジャンプ台のような形になっていて、放流された水を堤体から離れた場所に着水させるなど、全体的に慎重な設計が施されている。

初めて建設された巨大アーチダムということもあって、その後のアーチダムに引き継がれた部分もあれば、このダム独自の部分が見られるなどプロトタイプ的な要素が多く、ぜひ現地で確認してほしい。

日本のすべてのアーチダムの始祖と言える存在

ちなみに上椎葉ダム完成から5年後、同じ九州電力が宮崎県内に建設をはじめたアーチダムである一ツ瀬ダムも、上椎葉ダムと同じように左右岸にスキージャンプつきの洪水吐を持っていて、九州電力の中でエースの系譜を継ぐ存在とされている。堤高は20メートル高く、堤体もドーム型となり、非常に洗練された日本屈指の美しいアーチダムに仕上がっているが、残念ながら全面的に立入禁止で詳しく見ることができない。これはなんとかしてほしい。

個人的には日本でいちばん美しいアーチダムだと思っている一ツ瀬ダム

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WRITER
萩原 雅紀
萩原 雅紀
ダムライター、ダム写真家。1974年東京生まれ。ダムと名のつくものすべてを対象に、ライフワークとして「ダムめぐり」を続けている。これまで訪れたダムは国内外合わせて500基以上。毎年末に「日本ダムアワード」を主宰。ダムカードの発案にも携わる。著書に『ダム』『ダム2』(メディアファクトリー)、『ダムに行こう!』(学研プラス)等。
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