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萩原雅紀の「ダム」道。【19】ダムはいかにして大雨洪水と戦っているのか

萩原雅紀の「ダム」道。【19】ダムはいかにして大雨洪水と戦っているのか

力をひとつに…事前放流で備えを!

もうひとつ、最近になって「事前放流」という言葉をよく聞くようになった。洪水調節用のダムだけでなく、発電用や生活用水、農業用水用といった利水ダムでも大雨が予想されるときはあらかじめ水位を下げ、貯水できる容量を大きく空けておく運用ができるようになったのだ。

洪水調節用のダムは国土交通省や水資源機構、自治体などが管理しているけれど、発電用のダムは電力会社、生活用水や農業用水用のダムは自治体や農林水産省が管理しているものが多い。しかし、洪水という共通の敵に対して事業者の縦割りをなくして共同で立ち向かえるようにしたのは本当に大きな一歩だと思う。

発電用ダムでも水位を下げて大雨を待ち受けられるようになった(須田貝ダム)

ただし、これで安心と胸を撫で下ろすのは非常に危険だし、ましてや洪水被害が発生するごとに「事前放流はされていたか?」と素人が検証するのはほとんど意味がない。

ここからは個人的な意見だけど、事前放流は確かに非常に大きな効果があると思う。ただし効果を十分に発揮するのは雨の降る場所や降りかたの条件がハマった場合に限って、だと思っている。

その理由は、まず貯水量の問題だ。

皆さんは「ダム」と聞いてどんなものを想像するだろうか。何となく頭に浮かぶのは、広大な貯水池を持つ巨大なコンクリートの壁、といったようなものではないだろうか。

しかし、河川法では川に造られた「高さが15m以上」の貯水施設をダムと定義している。中には小さな集落の水源といった役割にすぎない「ため池」でも高さが15m以上あるので「ダム」となっているものも少なくない。発電用でも、取水が目的であれば本体は小さく貯水容量もほとんどないというダムや、大河川の本流に造られていて増水したらあっという間に満水になってしまうダムも珍しくないのだ。

こんな小さな発電用ダムに洪水貯留の任務を負わせるのは可哀想(宮の元ダム)

こういったダムは、たとえ事前放流したところで増水した水が流れてきたら、がんばって空けた容量も「瞬殺」である。そもそも設計段階から目的が違うんだから仕方がない。短距離選手と長距離選手が同じフィールドで競い合うようなものだ

先日とある川で大きな洪水被害が発生してしまったとき、新聞やジャーナリストなどが「すべてのダムが事前放流していれば.…..」などと書いていた。確かにその流域にはいくつかの「ダム」があるが、その中で大きな貯水能力を持つダムはひとつで、あとはこういった「極めて小規模なダム」が点在するのみだった。事前放流に期待するのであれば、せめて流域にあるダムの規模と役割は把握しておかなければならない

こんなダムも増水したら一瞬で満水になるだろうし……(夜明ダム)

もうひとつ、設備や運用の問題もある。

上の洪水調節の説明で書いた通り、洪水調節では「下流に流して安全な分は流し」「流入量より放流量を少なくし」「もっとも流入量の多いところを貯める」ことで最大の効果が発揮される。そのためには、水位を下げた状態でもある程度の水量を放流できる設備が必要になる

洪水調節用のダムはいろいろな放流設備を装備している(温井ダム)

もちろん洪水調節用のダムには必ず設置されているけれど、その目的がないダムには設置されていない。あったとしても発電所に送ったり、水道用水や農業用水を補給するための小規模な設備がほとんどだ。そうすると、洪水調節用のダムであれば放流するであろう「計画最大放流量以下の流入」もほとんど貯めてしまうので、大規模な雨の場合「もっとも流入量の多い時間帯」の前に貯水容量を使い切ってしまう可能性がある。これも、設計段階から目的が違うんだから仕方がない。

発電所に送る以外はいちばん上のゲート以外に放流設備がない(泰阜ダム)

逆に、事前放流がはまるケースを考えてみる。

たとえ小さなダムであっても、その上流に、いきなり降雨のピークが来るゲリラ豪雨のような雨が短時間降った、というような場合は大きな効果があると思う(そういった雨を事前に予測して水位を下げられるかどうかは別として)。

また、巨大な貯水池を持つダムであれば、必然的に貯められる量も多くなるので、洪水調節の目的がなくても事前放流の効果は絶大になるはずだ。実際、過去にも巨大な発電用ダムの水位が下がっているところに台風が来て大量の水を食い止め、結果的に下流の被害を大きく抑えた、という例はある。発電用ダムによる洪水抑制。この「異例」の事態が、事前放流の実施によって異例でなくなる、というのはダムファンにとって胸が躍る話である。もっとも、ただでさえ渇水に対して敏感な利水ダムの負担やプレッシャーは増えるし、「恒例」になるほど大雨が頻発するのも困り物だけど。

発電用でも巨大な貯水池を生かして大雨をため込むことができるダムもある(池原ダム)

繰り返すけれど、これまでやろうとしてもできなかった利水ダムの事前放流を、さまざまなダムで実行可能になった効果は大きいと思う。ただし洪水調節用のダムが万能ではないのと同じで、その目的がないダムに過剰な期待をかけるのはもっと危険だと思う。ましてや、事前放流をしたのに被害が防げなかった!などと怒りの矛先を向けるのはお門違いである。

そして、洪水調節の目的がないダムの事前放流に注目する前に、まずは洪水調節の目的があるダムの運用や効果を、しっかりと見届けるのが先だと思う。

一人ひとりが、自分の身近にあるダムの目的や規模をある程度把握して、緊急時の判断に役立てられるようになったら良いなと思います。

 
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WRITER
萩原 雅紀
萩原 雅紀
ダムライター、ダム写真家。1974年東京生まれ。ダムと名のつくものすべてを対象に、ライフワークとして「ダムめぐり」を続けている。これまで訪れたダムは国内外合わせて500基以上。毎年末に「日本ダムアワード」を主宰。ダムカードの発案にも携わる。著書に『ダム』『ダム2』(メディアファクトリー)、『ダムに行こう!』(学研プラス)等。
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