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秋本 佑の「建築を読書する」【04】音楽家夫妻の想いがいまも息づく古民家ブックカフェ・松庵文庫

秋本 佑の「建築を読書する」【04】音楽家夫妻の想いがいまも息づく古民家ブックカフェ・松庵文庫

「そのまま残す」という選択

ただ改装といっても、「そのままが良い、そのままで良い」とのコンセプトのもと、あまり大きくは手を加えていないという。この建物が持っていた「物語」を残すことを大切にしたそうだ。

1階のカフェ部分の中心部は、グランドピアノがあったリビング。ここは、ピアノを設置するために貼ってあったフローリングを剥がした。現在、窓辺のソファー席となっている部分は締め切られて物置のように使われていたそうだが、壁を取り払い、外から庭のツツジまで視線が抜けるようにした。ちなみに、もともとは防音の関係からか窓枠はアルミサッシだったが、きっと建設当初には木枠の窓だっただろうし、その方がこの建物によりマッチしていると思ったことから、その部分は交換している。

ソファー席と木枠の窓

木目が美しい

視線の抜けも良い開放的な窓

窓の外から見た店内

磨りガラスの花柄にも味がある

もっとも手を入れたのは、建物奥の元浴室部分。こちらは、タイルを残すことで浴室の名残を少し残しつつも、カフェスペースに作り変えた。

元浴室の席

タイルが残る壁

往時を忍ばせるオーディオ機器

2部屋あった2階もほとんど手を加えず、イベントスペースに。時間・空間をシェアするだけではなく、それぞれの人が持っている知恵もシェアできるように仕立て上げたという。

そのようにして出来上がった「松庵文庫」は、本当に居心地が良い空間だ。音楽家ご夫妻が暮らした当時の記憶の上にお店の6年の記憶が積み重なっており、ある意味、建物としても理想的な「生まれ変わり」の好例だろう。

アールを描くモダンな柱。葉っぱの影が美しい

とても印象的だったのは、今でも毎年お店にいらっしゃるという、元の住人である奥さまのエピソード。

さきほど述べた庭のツツジの木は、他のツツジと比べて開花の時期が少し遅いのだという。お客さんでも、「そろそろツツジの季節だから、松庵文庫のツツジも見頃かな?」と思ってお店を訪れるも、まだつぼみ、というケースがあるそうだ。

しかし、奥さまは必ず、このツツジの満開の時期を外すことがないとのこと。岡﨑さんが「庭のツツジが咲いたからご連絡を差し上げないと」と思っていると、あちらから「そろそろツツジが満開だと思って」と連絡が来るという。

長年、その建物で日々の生活を営み、庭を手入れしながら過ごすうちに、「建物・空間のリズム」といったものが身についたのだろう。そしてそれは、奥さまご自身がこの建物や空間に相当の愛着を持って過ごしてきたことの表れとも言える。

ツツジの咲く時期、現役で音楽を教えられている奥さまが、生徒さんを連れてお店を訪れる。ご自身が住まなくなったいまでも、物語は続いている。

 
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WRITER
秋本 佑
秋本 佑
本(読書)大好きライター。小学生の頃、江戸東京たてもの園で前川國男邸を見て以来の建築好き。建築の専門教育は受けていないものの、「建築ファン」のひとりとして、note(https://note.mu/task_akimoto/m/md67488f9638c)に記事を書くなど。
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