ロンロ・ボナペティの「名建築の横顔~人と建築と」【2】FOAの横浜港大さん橋国際客船ターミナル

大さん橋を取り巻く非日常性
1995年に行われた国際コンペで最優秀となったForeign Office Architectsの設計案は、5年間もの設計期間を経て2000年に実施設計が完了、2002年に竣工した。
5年毎の契約となる指定管理制度が取られており、現在は横浜港振興協会・神奈川新聞社・ハリマビステム共同事業体の3団体で運営されている。ホールの稼働率は80%を越え、2018年度は開業後初となる利用者300万人を達成。順調な運営が継続されている。
目の前で「大きなものが動く」体験ができるということを、この建築の魅力として挙げるのは事業責任者の横森敬未さん。
客船の誘致を積極的に行うこととあわせ、大さん橋から出港する客船に屋上広場から黄色いタオルを振る「見送りキャンペーン」を実施している。客船の発着をかなりの至近距離で体感できる大さん橋では、建物の方が動いているのではないかと錯覚するほど。
こうした非日常の体験を楽しんでもらい、利用者の増加につなげるねらいだ。

見送りキャンペーンの様子(公式Facebookより)
ほかにも、客船の利用がない日に岸壁を活用してマルシェを開催している。
「岸壁のセキュリティは非常に厳しく管理されています。空港の滑走路でマルシェをするようなものだと思ってください」
実施へのハードルの高いマルシェだが、3年前にスタートしてから11回を開催しており、全国の地産地消のお店が出店する人気イベントになっている。

岸壁を活用したマルシェ(公式Facebookより)
赤レンガ倉庫から山下公園へ至る、横浜港湾の公園地帯の中央に位置する大さん橋。
しかしこれらの公園との連携という点では相互にイベント情報を共有しチラシを設置する程度で、近隣を巻き込んだイベントを主催するようなことはないという。特別連携せずとも、常にイベントが開催されるこのエリアであれば、常時人が流れてくるということもあるのだろうか。
せっかく都市のオープンスペースが隣接しているのだから、一体的な活用をすれば良いのにと反射的に思ってしまったが、注意深く観察していくうちに、浅はかな考えは覆されていった。
それぞれの公園がまとう雰囲気が、まったく異なるのだ。
唯一無二の属性がつくり出す建築の質
最も多くの人でにぎわっているのは山下公園。近隣のオフィスで働く人たちの休憩場所として、また親子連れやご老人が散歩を楽しむ場所として活用されている。その名のとおり、横浜に住む人びとの公園という印象である。

山下公園
一方、赤レンガ倉庫の一帯はカップルや観光客の割合が多いようだった。
さまざまな文化施設が集積するみなとみらいエリアに位置し、赤レンガ倉庫自体もレストランが集まった1号館と、展覧会など文化的な用途で使用される2号館からなる。2棟を取り巻くように広がるオープンスペースは、「広場」という呼び方が相応しい。
休日にはフラワーフェスやビールフェスなど、若者をターゲットにしたイベントが多く開催され、みなとみらいエリア全体を一体的に楽しむことができるようになっている。

赤レンガ倉庫とイベント広場
では大さん橋はどうだろう。
この日は平日の昼間だったこともあり、イベントの開催はなく、まばらに人が集まっていた。ランニングに励む人、発着する客船を写真に収めようとカメラを構える人、くじらの背中を楽しそうに駆け回る子供の姿もあれば、ベイエリアを背景にウエディングフォトの撮影をしているカップルも3組見かけた。
そして何より印象的だったのは、ただただボーッと海を眺める人が数多くいたこと。
デッキの端に立って手すりにもたれている人もいれば、中央の階段に腰掛ける人など、思い思いのスペースで自分の居場所を見つけて何をするでもなく佇んでいる。
「ただそこにいる」、そのための場として大さん橋の屋上は快適そのものだった。
70m幅で最大高低差約6.5mというゆるやかな勾配は、「すぐ隣に立っているのに視線が合わない」という不思議な距離感を生み出している。これによって、お互いに何をしているかは把握しつつも、相手のことは気にならないという、見知らぬ者同士が居合わせるにあたって理想的な関係性が生まれるのだ。

起伏がつくり出す視線のズレ
全長400mという規模であれば、一部でイベントが開催されていてもそれとは無関係に自分の時間を過ごすこともできそうだ。
実際、花火などよほどの混雑がない限り、各種撮影のロケ地として日々活用されている。赤レンガ倉庫から山下公園へ至るルートから、少しだけ突き出しているという位置関係も、この心地よさに一役買っているだろう。
通り抜けもできない行き止まりの公共空間は、ただ移動するだけの通行人も排除する。ここを訪れる人は、多少遠くともほかの場所にはない価値をここに見出しているわけだ。
近しい価値観を共有する属性の人同士が、ほどよい人口密度の中に集まっている。その空気感が大さん橋の魅力をつくりだしているのかもしれない。
広大な公園として屋上を開放でき、また近隣にじゅうぶんな公共空間が確保されていることで、使い勝手としては難のある傾斜平面を採用できた。
港湾エリアに連続するこれらの公共空間も、それぞれがあるべき姿を追求することで、目的に応じた空間の質が保たれているのだ。

周辺の公共空間の位置関係
ほかに同じような施設はありえるか、という問いに「長崎、博多、神戸のターミナルは町の中心にあるかと思います」と答えてくれた横森さん。
とはいえ、横浜港全体の活性化事業の一部として位置づけられ、200億円を投じて建設された大さん橋と同じような成功を再現することは、並大抵のことではないだろう。
明治以来、横浜港の重要な場所であり続けた大さん橋に目をつけ、国際コンペによりアイディアを募るという意思決定は、とてもひとりの建築家がコントロールできるものではない。
機能だけを満たすつまらない施設にすることもできたこの場所。それを、素晴らしい公共資産としてつくり替えてくれた一大プロジェクトを支えた多くの人びとに感謝したい。
横浜市民の期待に見事に応えたひとつの建築に、ただ嫉妬するのではなく、そこから学べることはなんだろうか。それは、どんな建築があれば街や人を豊かにできるか、という「想像」からはじまるのではないか。
建築を訪ねるわれわれ一人ひとりが、そこでの感動や発見を還元できる場所を探すことが、小さいながらも重要な一歩になるのを期待している。
ロンロ・ボナペティの「名建築の横顔~人と建築と」【公開記事リスト】

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