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建築ライター ロンロ・ボナペティの「名建築の横顔~人と建築と」【4】笠間の家

建築ライター ロンロ・ボナペティの「名建築の横顔~人と建築と」【4】笠間の家

「あの名建築」は、いま、どのように使われているのだろうか?

竣工当時高く評価された建築のその後を取材する本シリーズでは、建築と、それに関わる人びととの関係を探っていく。

都心から2時間。茨城県笠間市にたたずむ「笠間の家」は、建築家・伊東豊雄が初期に手掛けた住宅作品だ。陶芸の町、笠間市を拠点に活躍した陶芸家である里中英人のアトリエ兼住宅として1981年に竣工し、里中氏の死後、現在は笠間市によって管理運営されている。

プリツカー賞も受賞した世界的建築家の代表作品は、どのように生まれ変わり、現在どのように活用されているのだろうか。運営を行っているNPO法人「いばらきの魅力を伝える会」の澤畠さんにお話を聞いた。

南側外観。竣工当初、周囲に建つ住宅はほとんどなかった

遺族の想いで公共の資産へ

竣工から8年後の1989年、里中英人氏の突然の逝去により、笠間の家は空き家となってしまう。民間事業者から購入希望の働きかけもあったが、「貴重な建築物を大切にしてほしいという強いご意向があった」という。一時的に里中氏のご友人が住まわれた時期も含め、23年間もの間、建物の活用が決まらないままの時期が続いた。

その後、2012年にご遺族が笠間市に寄贈、伊東豊雄建築設計事務所の改修設計により竣工当時に近い状態に復原され、一般公開へと至る。

カフェスペースとして使われているリビング。家具や照明も当時のまま

「当初は里中氏の作品やコレクションを展示したり、ギャラリーも無料でお貸し出ししていたり。活用の方針も定まっていませんでした」

2015年に「いばらきの魅力を伝える会」が指定管理者となってからも、運営のあり方を模索する状況が続いた。

建物の特徴を活かした活用

ようやく来館者が増えはじめたのは2年ほど前から。「口コミや回覧板など、もともと笠間市をはじめ地域の方々の地道な活動があって、徐々に認知が広がり、ここ最近で特に建物に愛着を持つ方が増えたのだと思います。みなさん、来てみるとすごく居心地が良い、とおっしゃっていただいています」

もう一度訪れたい、あるいは知人にこの場所のことを教えたい。そういったモチベーションには、建築のもつ力も大きく寄与しているのだろう。

「お子さんがいらっしゃると建物中を駆け回ったり寝転んだり、本当に楽しそうに過ごされています」と澤畠さん

現在は建物の構成に合わせ、各室に用途が割り当てられている。2階からアクセスすると右手側には地域の作家さんたちが展示に使うことのできるギャラリースペースが。当初からギャラリースペースとして設計されていた場所だ。その奥、当時書斎だった場所には里中氏の作品や、コレクションが展示販売されている。建物中央のリビングと、奥の仮眠室はカフェスペースに。階下の主寝室では小規模の教室や講座が開催され、最も広いアトリエではヨガ教室や演奏会といった催しが開催されている。

小さな建物ではあるものの、さまざまな形状や広さの空間が組み合わさることにより、利用者の目的に応じた使い方ができる。まだまだ試行錯誤の段階ではあるが、建物全体を使ったイベントやワークショップも計画されているそうだ。

笠間の家平面図(©笠間の家)。2階からアプローチし、1階へと降りていく構成を踏襲している

ギャラリースペースはほとんどの期間が埋まっており、週の2~3日はなにかしらイベントが行われている。驚きなのが、ギャラリーやイベントスペースは一日使用して1,530円で借りることができるという破格の設定。年間来場者数も約5,000人と、目標に対してはじゅうぶんという状況だ。多様な空間があり、目的に合った使い方ができる、ということも大きいのだろう。

利用のきっかけを聞くと、「空間に魅力を感じているお客様が多いですね」とのこと。しかしながら「市としては来場者数や売上よりも、来場者の満足度を重視している」という。なにをもって「満足度」とするかが、管理者としての腕の見せどころだろう。

1階のアトリエ。内省的な印象を受ける外観とは裏腹に、開放的な空間に驚く

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WRITER
ロンロ・ ボナペティ
ロンロ・ ボナペティ
「専門知識がなくても楽しめるように建築の魅力を伝える」がモットーの建築ライター・編集者(と名乗る黄色い鉛筆)。大学院の建築コースを修了後、建築系のコンテンツ制作に携わる。国内外の都市や建築を巡って得た気づきをコンテンツプラットフォームのnote(https://note.mu/ronro)で発信中。
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