ロンロ・ボナペティの「名建築の横顔~人と建築と」【5】西沢大良の日本基督教団 駿府教会

素晴らしい環境に恵まれた牧師の想い
ただ、続く中村さんの言葉に、筆者は教会建築に対する認識を改めることとなった。
「教会堂ができたら教会が建つわけではありません。教会にとって本当に大切なのは、そこを媒介として神様の言葉に触れ、神様の愛に触れる人が増えるように活動していくことです」
駿府教会建設にあたっては、以前の敷地からの移転先を探すところからはじまり、著名な建築家である西沢氏との教会堂設計、そして不足資金の工面のための活動など、多くの課題を乗り越えていった経緯がある。
結果的に各方面から注目を集める優れた会堂ができ、建築的に高く評価されるだけでなく、信徒の方々もこの教会に愛をもって通っている。
「『新しい人が来ない』が悩みという教会が多い中、ここは非常に恵まれています。多くの方の尽力によってできたこの教会に、私はあとから赴任した立場。これだけ素晴らしい、伝道活動の拠点をどう生かしていくかが私に与えられた課題だと思っています」
現代建築は教会建築の歴史を前提にしているといえる。西洋建築の様式の発展は、その時代の教会建築の発展ともにある。そのため、建築に携わる者にとって教会建築は特別なもので、ゴシックの大聖堂をはじめ町の中心を成す壮麗な建築、というイメージが強いのではないだろうか。
信仰心を喚起する装置が教会で、そのために各時代の建築家が尽力してきた、という先入観があった。
しかし「元々イスラエルの民は聖堂をもたず、ようやく建てた聖堂も破壊され世界中に離散した歴史をもっています。その後も迫害を受け、共同墓地であるカタコンベで礼拝を行うなど、必ずしも恵まれた礼拝空間でなくとも信仰をつなげてきたのがキリスト教なのです」
現在も一般的な住宅で礼拝を行っている教会も多い。
最高の環境に恵まれた駿府教会が果たすべき役割は、完成された作品として状態を維持していくことだけではないようだ。
いまも継続している建築家との協働
使いながら、中村さんが改善すべきと感じた点は、いまも西沢事務所に相談しながら対策を検討している。
そのひとつが、エントランス周りの照明計画について。
「来訪者をどのように出迎えるかは、非常に重要と考えています。エントランスホールの照度を抑えている分、受付側から見ると逆光になってしまって、どなたがいらっしゃったのか判別しづらい時がある。そこは改善したいと思っています」
また夜間、外を通りかかった人に、教会と認識してもらう工夫を考えている。
昨年から外壁をライトアップし、夜もこの場所にある教会を認識してもらえるようにした。外観の印象を大きく変える変更だが、事務所も難色を示すことなく対応してくれている。効果も実感しており、電車の車窓から見て気づいた人が、日中に来てくれるケースもあるそうだ。
さらに夜間の誘引を目的として、エントランスにスポットライトを設け、明るさを演出することも相談している。
「設計当時は気づかなくても、実際に使う中で見えてくるものもあります。これだけ完璧な教会堂に手を加えたくはないですが、建築を改変せずとも使い方を工夫して改善できることはしていきたい」
中村さんが積極的に改善を考える背景には、東日本大震災にまつわるひとつの想いがある。
「私のかつての同僚が、震災の時、石巻に赴任していました。津波によって瓦礫の山と化した中に教会堂が壊れずに建っていた。それが住民の方々にとって大きな支えになった、と同僚は知らされたといいます。ふだん礼拝に来ない方でも、『あの場所に教会がある』という認識が、時に大きな救いになることもあるんです」
日中の外観も、慎ましく十字架が掲げられてはいるものの一見すると教会とはわかりづらい。しかしエントランスに看板を設置し礼拝の案内を出したり、入り口を開放している時間帯は小さな貼り紙を出すことで、ふらっと立ち寄ってくれる人が増えたそうだ。
「ある時期ある時間帯にある角度から見ると、黒い外壁に十字架だけが光り輝いて見えるんです。その瞬間に出会えたときは感動しましたね」
竣工当時、西沢氏がこのさりげない十字架のデザインに込めた意図として語っていたエピソードを、中村さんの口からこの教会の魅力のひとつとして聞いた時、まったくの部外者ながら嬉しくなってしまった。

外観は内部とはまた異なる方法で光による表情をつくり出している

夜間外観。片側側面をライトアップするようになって、中を覗いていく人が増えたという

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