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建築ライター ロンロ・ボナペティの「名建築の横顔~人と建築と」【7】湘南台文化センター

建築ライター ロンロ・ボナペティの「名建築の横顔~人と建築と」【7】湘南台文化センター

建築の世界には、このような考え方がある。

竣工に際して、「自分がこの建築をつくった」と思える人が多いほど良い建築になる、というものだ。

建築は建築家の作品だという考えから脱却し、建築をつくるプロセスを主体的に担う登場人物を増やしていく。

事業主が建築家と対等な関係をもつことはもちろんのこと、施工に携わる技術者や現場の職人が、建築家の指示通りに工事を請け負うのではなく、自らのノウハウを生かして改善点を探り、建築家とコミュニケーションできるかどうか。

建設事業に携わる理想的なチーム編成を、事業関係者の実感を込めて表した言葉だと思う。

そしてこの考え方には、完成した建築を実際に利用する人びとの存在が意識的に排除されてきた。

 

本来重要な建築の担い手となるべき利用者の声に耳を傾けようと尽力してきた建築家がいる。

1941年生まれの女性建築家、長谷川逸子氏だ。

彼女は当時の建築業界では常識だった「事業者の責任は良い建築をつくるところまで、それをどのように使うかは利用者に委ねる」という慣習に抗い、利用者とともに建築をつくることを重視した設計活動を展開してきた。

その転機となった、湘南台文化センターをご紹介したい。

はじめて尽くしの文化施設

湘南台文化センターは、神奈川県藤沢市の都市開発事業における重要な拠点として位置づけられ、全国から設計案を募集したコンペにより長谷川氏の案が選ばれた。

それまで個人住宅を中心に設計を行っていた長谷川氏にとって、大型公共施設の設計ははじめて、コンペへの挑戦も初めての経験となった。

その後のキャリアで氏が数々の公共施設を手がけていることを鑑みると、湘南台での受賞が日本の建築界に与えた影響は大きい。

さまざまな点で「遅れている」と指摘されることの多い日本の建築界において、女性の建築家が大型の公共施設を設計することはこの湘南台がはじめてだった。

湘南台駅前の風景。左手に見える球体が文化センターのプラネタリウム

初のコンペ挑戦にこの湘南台を選んだ理由として「募集要項から人びとの生活が見えた」ためと語った長谷川氏は、当時業界ではタブーとされていたある取り組みを実施する。

市民とのディスカッションやワークショップを通して、新しくできる施設への要望を聞き、それを設計に生かすことを表明したのだ。

この対応は、建築業界にも、発注者である行政にも戸惑いを与えるものだった。

当時の建築業界では、利用者から意見を募ることは、作品の先鋭性を削ぐことにつながりかねないと考えられていた。

そのため氏の決断を知った多くの先輩建築家から、対応を改めるよう諌められたそうだ。

またどのような施設であっても、税金の建設事業への投資に反対する市民は一定数存在する。

反対派の活動に積極的に応対することになるという懸念から、行政の対応としても一般的に敬遠されるものだった。

そうした懐疑的な反応に対する長谷川氏の答えは単純明快で、「住宅を設計する場合はそこに住む人の話を聞かないと設計できないのと同じように、施設利用者の考えを知らずに公共建築の設計などできない」というものだった。

長谷川氏の姿勢は当時、「男性社会の建築界に風穴を開ける女性建築家の躍進」という構図で注目を集め、活発な議論を生んだ。

以降の日本の公共建築設計においては、設計段階における市民参加はスタンダードとなっている。

公共事業の透明性を高めようという動きは、世界的にも、また建築業界以外でも一般化している大きな潮流ではある。

それを差し引いても、市民参加への反発も大きかった建築界で現在は当然のこととして受け入れられている礎には、湘南台における長谷川氏の決断があるのではないか。

その湘南台文化センターは今年、竣工30年を迎えた。

隣接する公園にはブリッヂが直結している。右手奥には市民図書館が建ち、湘南台一帯は藤沢市北部の文化の拠点として位置づけられている

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ロンロ・ ボナペティ
ロンロ・ ボナペティ
「専門知識がなくても楽しめるように建築の魅力を伝える」がモットーの建築ライター・編集者(と名乗る黄色い鉛筆)。大学院の建築コースを修了後、建築系のコンテンツ制作に携わる。国内外の都市や建築を巡って得た気づきをコンテンツプラットフォームのnote(https://note.mu/ronro)で発信中。
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