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ロンロ・ボナペティの「名建築の横顔~人と建築と」【8】石山修武の北清掃工場

ロンロ・ボナペティの「名建築の横顔~人と建築と」【8】石山修武の北清掃工場

現代建築のはじまりは、18世紀後半のイギリスで起こった産業革命に遡ることができる。

それまで、建築家の代表的な仕事といえば教会や広場を囲う行政施設、宮殿や邸宅など、権力者や為政者のためにつくられるものだった。産業革命に伴い都市に労働者が集中すると、劣悪な住環境や労働環境の改善が火急の社会課題となる。

様式の濫用に倦んでいた芸術的な背景や、産業革命に伴う技術的な発展と相まって、新しい建築のありかたが追求され、地球規模での近代建築運動へと繋がっていく。

現代建築の発端は、「為政者」から「市民」へ、すなわち「統治」から「生産」へ目を向けるところからはじまっているのだ。

 

工場やそこで働く人たちのための共同住宅、都市間交通を支える駅や飛行場といった交通インフラで前衛的な建築家が活躍していった。

「効率的かつ快適に生産活動を行える社会を実現する」という社会課題の解決が、建築家の役割とひもづいていた。また百貨店をはじめとする消費の場においても数多くの建築家が活躍し、大量生産大量消費社会の実現に寄与した。

そうした生産・消費のための建築に模範的な建築のつくり方が出そろうと、今度は美術館や図書館といった文化施設や病院などの福祉施設に、建築家の職能が求められるようになる。

 

そうして現在進行形の経済活動の場に建築が行き渡ると、次は教育の場に建築は進出していく。未来を育むための教育施設は、いまや成長が停滞した先進国においては最も注力する場だ。持続可能な社会を実現するために、学校だけでなくさまざまな分野の専門機関に教育的機能が付随している例も見られる。

生産・消費から公共・福祉、そして教育へと、先進国が豊かな社会を築いていくのと歩を合わせるように、建築家の活躍の舞台は広がっていった。

 

その行き着く先が、ごみ処理場。すなわち人々が生産し消費したごみを焼却すると同時に、消費行動に対する啓発を行う教育機能をあわせもった公共施設である。

おそらくはそのような考えをもって清掃工場の設計に取り組んだ建築家がいる。キャリアを通して前衛であり続ける建築家、石山修武氏だ。

氏が設計した、東京都北区に建つ北清掃工場が近々取り壊しを控えていると聞き、訪ねてみた。

北清掃工場のシンボルである煙突。天高くそびえるコンクリート打ち放しの美しい塔だ

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ロンロ・ ボナペティ
ロンロ・ ボナペティ
「専門知識がなくても楽しめるように建築の魅力を伝える」がモットーの建築ライター・編集者(と名乗る黄色い鉛筆)。大学院の建築コースを修了後、建築系のコンテンツ制作に携わる。国内外の都市や建築を巡って得た気づきをコンテンツプラットフォームのnote(https://note.mu/ronro)で発信中。
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