建設の匠
Powered by
建設転職ナビ
メニュー
メニュー閉じる
エンタメ

文筆家・ワクサカソウヘイの「たてものはいきものだとおもうもの」【2】勝手に迷路でふるえてろ

文筆家・ワクサカソウヘイの「たてものはいきものだとおもうもの」【2】勝手に迷路でふるえてろ

「建設の匠」ならぬ「建設の素人」にだって、建築を愛でる権利はあるはず。建築物にまつわるアレコレを文筆家・ワクサカソウヘイが五感で味わい、綴ります。今回のテーマは、かつて雨後の筍のようにあちこちに建設され、そして消えていった「巨大迷路」です。

タイトルイラスト/死後くん

#2 勝手に迷路でふるえてろ

 迷いたい、ああ、とても迷いたい。目の前にある仕事をすべて放り出して、いますぐ迷路で右往左往したい。そんな禁断症状に、突然に襲われることがある。私は「迷路ジャンキー」なのである。

 

迷路に対する発情を初めておぼえたのは、小学3年生の頃。

家族で訪れた地元の遊園地、そこに『ミラーハウス』なる鏡張りの箱型迷路があった。その外観を目にとめた瞬間、なにかの直感が走り、私は「ごくり」と生唾を飲んだ。そして両親や兄弟たちをふり払い、ひとりで『ミラーハウス』へと足を踏み入れた。

縦横無尽に張り巡らされた鏡の魔宮、その中をひとりでさまよっているうちに、私はえも言われぬ興奮を感じている自分を知った。

(いま、自分はどこを歩いているんだ?)

(もしかして、一生この迷路の中から出られないのではないか?)

恥骨が痺れるような焦りと不安は、迷い続けるうちにゾクゾクとした快感へと変化していく。

(ああ、こんな世界があったなんて……)

ふと目の前の合わせ鏡を見ると、そこには恍惚の表情を浮かべた自分の姿だけが無限に続いていた。

「迷路ジャンキー」、誕生の瞬間である。

 

以来、私は「迷路」と聞くと黙っていられない身体となった。

バブルの名残ということもあったのだろう、当時は高原や温泉地など、ありとあらゆる観光地周辺に巨大な迷路アトラクションを見つけることができ、家族旅行の折々で子どもの私は両親にそれをねだった。

どの迷路もけっこう強気な入場料金を打ち出していたので、親はいつも渋っていたが、こっちはもう迷路に身体を蝕まれている身である。泣いたり叫んだり、時には「これから火曜日と金曜日は必ずお風呂掃除を担当するから」と媚びたり、小学生が持ちえるすべての交渉術を駆使して親を説得し、なんとか迷路への入場チケットを獲得していた。そして毎回、うっとりとした顔でもって「さあ、次はここを右折しようかな、それとも左折かな……」などと迷路の官能を味わっていた。

 

小学6年生の頃、家族で北海道旅行に出かけた。この時にあらわれた迷路に対する禁断症状は、いまでも忘れることができない。

ドライブの途中に立ち寄った、レジャー牧場。青々とした大地の広がっていて、そしてそこには『ヒマワリ迷路』なるものが併設されていた。その名のごとく、向日葵の花によって編まれたガーデン型の巨大迷路である。

私の身体は、当然、疼いた。そしていつものように、泣いたり叫んだり媚びたりして、両親に交渉を試みた。しかし父も母も、この時は頑として首を縦にはふらなかった。毎度毎度、迷路を見かけるたびに入場をせびってくる息子に、すでに辟易としていたのだろう。

「お父さんもお母さんも、お前に迷路をやらせるために働いているんじゃないんだぞ」

特殊な正論をぶつけられ、たじろぐが、しかし折れるわけにはいかない。

「お願いだよ! 月曜日と木曜日もお風呂掃除をするから! 雨戸だって閉めるし、ヒヤシンスだって枯らさないよお!」

迷路を前にしての興奮からか、言語感覚にやや乱れが生じていたが、とにかく必死に想いを伝えた。

吠え続ける小型犬を見るような憐れみと諦念を両親は瞳に滲ませ、そしてため息をひとつこぼしたのち、「もう好きにしろ……」と言って千円札を一枚、渡してきた。私はそれをひったくるようにして受け取り、すぐさまチケットを購入、『ヒマワリ迷路』へと迷い込んだ。そしてT字路や行き止まり、隠しトンネルなどがもたらすトリップ感を、思う存分、堪能した。

しかし、迷路の快楽というのは、長くは続かない。どんな巨大迷路だって、30分もすれば出口に辿りつく。待ち受けているのは、ドライな現実。家族たちが「無」の表情で、そこに立っていた。

「さあ、そろそろ宿に戻るぞ……」と父が力なく告げる。

そこで小さく頷き、「ワガママを言ってごめんなさい」などと謝罪のひとつでも漏らすのが、本来あるべき息子の姿であろう。ところがその時、私の口から飛び出したのは、自分ですら思いも寄らない言葉であった。

「あのさ、もう一回だけ、迷路やってもいいかな?」

両親は、共に絶句していた。

私と迷路は、すでにズブズブの関係を結んでいた。

 

そんな感じで迷路に溺れ続ける児童期を送っていたわけだが、これが青春期に差しかかると、環境が変わった。世の中から、迷路たちが次々と姿を消したのである。

どの観光地にも必ずと言っていいほど存在していた迷路アトラクションであったが、すでに人気は衰退の途を辿っていたのだろう。私が成人を迎える頃には、国内において迷路はもはや絶滅危惧種のものとなっていた。

迷路を入手したくても、ルート自体が途絶えてしまっているのだから、我慢するより他にない。大人になった私は、迷路との関係を断った。しかし迷路を常用しなくなったからといって、依存が完全に消えるわけではない。いまでも仕事で煮詰まっている時など、突然に「迷路が欲しい!」というフラッシュバックに襲われることがある。

 

先日も私は、突発的な迷路への強い渇望に耐えていた。

「迷いたい、ああ、迷いたい。迷路で右往左往したい……」

すると。身悶えしている私の耳元に、こんな怪しげな情報がどこからともなく囁かれた。

「香港では、迷路やり放題だぜ」

え……?身体が、ピクリと反応する。

「ど、どういうことだ?もっと詳しく教えてくれ」

「香港のネイザンロード沿い、そこに『美麗都大厦(ミラドールマンション)』という名の雑居ビルがある。そこに行けば、お前の求めているものは、すべてあるぜ」

私は、いてもたってもいられず、パスポートとわずかな小銭を握りしめて、香港へと飛んだ。

 

ああ。

私は『美麗都大厦』で、静かに震えた。

まるで巨大な生き物の内臓へと迷い込んでしまったようではないか。頭をくらくらとさせながら、その魔窟の中をさまよってみる。

薄暗い踊り場、突然に現れる長い廊下、チカチカと点滅する蛍光灯、ひしめき合うドア、ミシンで布を仕立てる音、広東語で子どもを叱る女性の声、青菜を油で炒めている匂い、そして複雑に絡み合うフロアと階段。

それらの要素が混然一体となり、ダンジョン型迷路の異空間をつくりだしている。小学3年生の頃に『ミラーハウス』で味わった興奮、それをはるかに越えるものが、この雑居ビルの中には存在していた。

聞けば香港のネイザンロード沿いでは、このような迷路然とした雑居ビルがいくつも建ち並んでおり、世界中の「迷路ジャンキー」たちをひっそりと招いているという。

「そこに行けば、お前の求めているものは、すべてあるぜ」

そうか、禁断症状が出たら、香港に来ればよかったのか……。

 

『美麗都大厦』内にはいくつものゲストハウスが入居しており、望めばこの迷宮の中で一晩を過ごすことも可能だ。

むろん私はここに2泊し、気の済むまで迷路をキメた。家族に迷惑をかけることもなく、迷路をキメ続けたのである。

迷路を嗜むなら、国外にかぎる。

WRITER
ワクサカソウヘイ
ワクサカソウヘイ
1983年生まれ。文筆業。ルポ、コラム、コント台本などを執筆。主な著書に『夜の墓場で反省会』『ふざける力』『今日もひとり、ディズニーランドで』など。最新刊は『ヤバイ鳥』(エイ出版社)。
建設転職ナビ