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文筆家・ワクサカソウヘイの「たてものはいきものだとおもうもの」【4】江戸東京たてもの園に骨をうずめたい

文筆家・ワクサカソウヘイの「たてものはいきものだとおもうもの」【4】江戸東京たてもの園に骨をうずめたい

「建設の匠」ならぬ「建設の素人」にだって、建築を愛でる権利はあるはず。建築物にまつわるアレコレを文筆家・ワクサカソウヘイが五感で味わい、綴ります。今回は春の遠足編。小金井公園のむこうは、不思議の町でした――(ジブリ風)。

タイトルイラスト/死後くん

 

#4 江戸東京たてもの園に骨をうずめたい

この連載の通しタイトルでも表明している通り、私は建築物を「生き物」として味わいたい者である。

というよりも、それ以外の味わい方がよくわからない、と言ったほうが正しい。

どうにも建築物の世界には、マニアだけしか入ってはいけない空気感というか、「一見さんお断り」のムードみたいなものが漂っているように思えてならない。「京都駅の構造は、ポストモダン建築としても斬新で、コンコースが巨大で、空間が分割されており、うんたらかんたら」と説明されれば、「ふーん、そういうものなのか」と、ある程度の興味は湧くものの、芯を食うことはできていない自分がそこにいたりもする。小難しい話は、そもそも苦手なのだ。

私は珍奇だったり壮大だったりする建物を鑑賞することが好きだが、工学的やデザイン学的にそれを楽しんでいるわけではない。なんというか、建築物が纏っている「生々しい感じ」に触れるのが好きなのである。

シャカイハタオリという名のスズメ科の鳥がアフリカに生息している。彼らは鳥類において、最も巨大な巣を造ることで知られている。二百羽以上も収納可能なマンションを、鉄塔などに草や繊維で編んでしまうのである。その形状はラクダの瘤がいくつにも折り重なったようなグロテスクなものなのだが、私はそこにある質感に体をゾクゾクさせることが嫌いではない。複雑怪奇なビジュアルの巣の中に、どうしてもこうした家を造ってしまうシャカイハタオリの「業」みたいなものが織り込まれているようで、見ているだけで胸がざわざわし、目が離せなくなるのである。巣そのものが命を与えられてしまっているような感覚を得るというか。

シャカイハタオリの巣(写真/photolibrary)

で、シャカイハタオリよりも奇妙な営巣の癖を持っている生き物がいる。人間だ。

人間は、なにかに取り憑かれたかのように、次から次へとバラエティに富んだ巣を造る。空き地を見つけるやいなや新築のビルを建て、古民家を探し当てればすぐさまリノベーションを図る人間の生態は、まったくもって、どうかしている。この正気の沙汰ではないホモ・サピエンスの「業」が、あらゆる建築物に生々しく宿っていて、そして私はその建物たちを「生き物」のように味わうことに食指が動くのである。

ところが、ちょっと残念なことがある。パンダが見たければ動物園に行けばいいし、イルカを見たければ水族館があるわけだが、建物という「生き物」を味わうためには、いったいどこに行ったらいいのか、皆目見当がつかないのである。

いや、そりゃちょっと街を歩けばそこら中に住居は建っているわけだが、それらの外観を眺めているだけではなかなか「生々しい感じ」を的確に得られることはできない。できることなら、色んな建物の内臓部分を隅々までじっくりと観察したいのだ。もっと欲を言えば、サファリパークみたいな感じで、息つく暇もなく連続的にウォッチングしたい。でも、そんな場所、あるはずがない。

「いや、ありますよ」

私の偏った愚痴に、そう答えたのは、本連載編集担当のS氏である。

「こんど、一緒に『江戸東京たてもの園』に行きましょう」

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WRITER
ワクサカソウヘイ
ワクサカソウヘイ
1983年生まれ。文筆業。ルポ、コラム、コント台本などを執筆。主な著書に『夜の墓場で反省会』『ふざける力』『今日もひとり、ディズニーランドで』など。最新刊は『ヤバイ鳥』(エイ出版社)。
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