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文筆家・ワクサカソウヘイの「たてものはいきものだとおもうもの」【5】廃墟はすぐそこに

文筆家・ワクサカソウヘイの「たてものはいきものだとおもうもの」【5】廃墟はすぐそこに

「建設の匠」ならぬ「建設の素人」にだって、建築を愛でる権利はあるはず。建築物にまつわるアレコレを文筆家・ワクサカソウヘイが五感で味わい、綴ります。

今回のテーマは「廃墟」。廃墟に漂う諸行無常感って、インターネッツ界にもしばしば感じますよね……。

タイトルイラスト/死後くん

 

#5 廃墟はすぐそこに

建築物を愛する者にとって、「廃墟」は胸を躍らせる存在だ。

かつてそこにあった人間の営み、その一切合切が消え去り、朽ちてしまった建物の屍は、深い物語性を私たちに与えてくれる。

落語家の世界でも、真打となり齢八十を越した噺家にしか出せない「味」があると聞くが、廃墟とはつまり、老いた先でしか表出されない建物のパフォーマンスなのだろう。

 

私の初めての廃墟との邂逅、それは小学三年生の頃だった。

 

当時、私は谷口くん・下田くんという友達と、いつも三人でつるんでいた。それぞれの苗字の頭文字をとって、「たわし」というグループ名を掲げ、放課後の時間を過ごしていた。

夏休みが近づいたある日、ランドセルを家に放るなり、「たわし」のメンバーはいつものように公園へと集合した。

さて、今日はなにをして遊ぼうか。プールで泳ぐか、児童館でプラ板キーホルダーでも作るか、それとも鉄棒をやってから手のひらの匂いでも嗅ぐか。年収ゼロ円の小学三年生たちは、喧々諤々の議論を戦わせた。

すると下田くんが、こんな提案を口にした。

「そうだ、お化け屋敷に行ってみない?」

遊園地やデパートのお化け屋敷ではない。近所の住宅地、その外れに居住者を失った一軒家があったのだ。そのボロボロの外見から「お化け屋敷」の名で学校中に知られていた。

「えー、あそこ幽霊が出るって噂じゃん……」

私はすみやかに反対した。ズッコケ三人組でいうところの、モーちゃんのポジションだった。

「いいじゃん、幽霊会いたいじゃん」

「そうだよ、行こうじゃん」

下田くんも谷口くんもハチベエ感が強い子どもであったため、私は押し切られた。こうしてハカセ的要素の欠落した三人組は「お化け屋敷」へと突入することになった。

 

 

かつての豪邸であった、その廃墟。黒い鉄の門はメッキが剥がれ落ち、また赤い錆が染みていて、入り口からしておどろおどろしいムードに満ちていた。

私たちは、その黒い門を乗り越えて、内部へ足を踏み入れた(当時は『コンプライアンス』という言葉すら存在していなかったような時代でしたし、ぎょう虫検査をプレーンに受けているような子どものやったことですので、どうぞおおらかな目で見守っていただければ幸いです)。

中規模の庭には、干上がった池、および荒れた芝が広がっていて、もう何年も手入れをされていない様子だった。ドキドキしながらその庭を横切り、玄関のドアに手を伸ばすが、鍵がかかっている。

「ほら、入れないよ。もう帰ろうよ」

私はすこし安堵して、ふたりを促した。しかし下田くんが裏手にまわり、そこで鍵の開いている小窓を発見してしまった。

三人組は小窓から廃墟の中へと、身をよじりながら侵入した。

そこは台所だった。ステンレスのキッチン台、その上には醤油や酒などの瓶がいくつも置かれていて、ほこりをかぶっていた。天井を見上げれば蜘蛛の巣だらけで、予想以上にそこは「お化け屋敷」だった。

右手に長い廊下が続いていた。ふと床を見ると、ほこりを踏んだいくつもの足跡がある。おそらく、自分たちのほかにもこの廃墟を探検したことのある人たちは、もう何人もいるのだろう。

廊下の先には、仏間が広がっていた。この家の代々の主人たちであると思われる遺影が飾られている。

「どうしてこの家、誰もいなくなっちゃたんだろうね…?」

谷口くんが、そんな疑問をこぼした。たしかに。引っ越しをしたのであれば、先祖の遺影や位牌は大切に持っていくはずだ。のっぴきならない理由があって、この家の住民たちはある日突然に夜逃げでもしたのだろうか。

しかし、それ以上の考察を展開することはできなかった。我々は普段、コーラの香りがする消しゴムとかに喜んでいる小学三年生だからである。

仏間から折り返すと、洋風造りのドアが現れた。おそるおそるそれを開ける。

そこは応接間だった。マーブル模様の石でつくられたテーブルを、皮のソファが囲んでいる。テーブルの上の灰皿にはタバコの殻がいくつも残されていて、ついさっきまで客人を対応していたような、生々しい雰囲気が漂っている。ずいぶんとお金持ちの家だったのだろう、背後にはいかにも高価な洋酒が並べられた棚があり、その横にはピアノが置かれていた。

そして、そのピアノの上に目をやった瞬間、一同は「ヒッ」と小さな叫び声を上げた。

いまでもはっきりとその光景をおぼえている。ピアノの上には、ガラスケースに入った着物姿の女の子の人形が飾られていて、その頭上には大きな柱時計がかかっていた。なにが我々にとって強烈だったのかって、その柱時計が「動いて」いたことだ。

振り子は揺れ、長針はゆっくりと時間を刻んでいた。そしてその足元には、虚空を見つめる少女の人形。ホーンテッドマンション!

「おかしいよ、電気なんて止まっているはずなのに、時計が動いているのはおかしい!」

私たちは口々に叫んだ。

いや、いまにしておもえば、柱時計は振り子構造なので、電源など関係なく、ゼンマイを巻く人を失っても長らく動き続けるものなのだと理解できるのだが、なにせ駄菓子屋でカラフルな着色のゼリー飲料を口にして、舌を見せ合っているような小学三年生である。そこまでの解釈能力はなく、ただただ震え上がった。そして「たわし」の三人は、逃げるようにして廃墟から立ち去った。

 

私のファースト廃墟は、このようにホラー的な記憶として大きく刻まれたが、しかしあの時に味わった特殊な興奮もまた忘れることはなかった。

大人になった私は、機会があるたびに廃墟を鑑賞するようになった。長崎の軍艦島はもちろんのこと、タイのバンコクに訪れた際にも巨大な廃墟ビルを巡ったり、インドでも村ごと人のいなくなった廃墟を巡ったりして、胸をざわざわとさせることを楽しんできた。

 

さて、これは先日のことだ。

私は実家に顔を出し、なんとはなしに久々の地元を散歩していた。

(ずいぶんとこの辺りも変わったな……)

私の地元は23区内にあるが、かつては畑や果樹園の姿が珍しくなかった。しかしいまは、たくさんの住宅がひしめき合い、あの頃の牧歌的な風景は消え去ってしまっている。

ふと、懐かしい思いに駆られた入った路地を抜けると、最近建ったと思われるマンションが目の前に現れた。

あれ?ここって……。そうだ、「たわし」の三人で探検した廃墟があった場所だ。

そうか、もうあの廃墟は解体されてしまったのか。下田くんとも谷口くんとも、もう十年以上も会っていない。ふたりとも、元気だろうか。懐かしい思いが揺れ、しばしその場で立ち止まる。

それから私は、奇妙な違和感にとらわれた。

……ん? ……あの廃墟の記憶って、本物の記憶か?

いや、確かに柱時計が動いていた光景ははっきりと覚えているし、日本人形の佇まいも鮮烈なものとして頭に残っている。仏間に遺影が残っていたことも、あの時に谷口くんが口を震わせていたことも、ねつ造の記憶ではないはずだ。だいたい「お化け屋敷」は地元でも有名なスポットで、中学生の頃もたびたび同級生たちの話題にのぼっていた。

でも、自転車の変な部分から水が出てきただけで一時間は盛り上がれるような小学3年生だった「たわし」たちが、廃墟探検なんて大胆な行動、本当に実行できていたのだろうか? そういえば、いま思い返せば、断片的に残っている廃墟の間取りの記憶は、私の祖母宅のものと似通っている。本当の記憶と、別の記憶とが、ごっちゃになっている可能性もあるのではないか。

 

いい機会だ、と私は思った。久しぶりに下田くんと谷口くんにも会いたい。真相を確かめるついでに、旧交を温めようではないか。私は大人となった「たわし」のメンバーに、招集をかけることにした。

しかし、ここで問題が発生した。彼らの連絡先がわからないのだ。電話番号も登録されていないし、LINEでつながっているわけでもない。Facebookを頼ってみたが、ふたりの姿は現れない。いったい、いま、どこでなにをしているのだろうか。もう、会えることはないのだろうか。

あきらめかけたその時、私は一筋の希望を見出した。mixiだ。

たしか二十歳を過ぎた頃、当時一番流行していたSNSであるmixiを通じて、「たわし」のメンバーは久々に再開し、酒を酌み交わしたことがあった。そうだ、mixiであれば、また連絡を取り合うことができるかもしれない。

私は何度かパスワード入力に失敗したのち、小窓から身をよじるようにして、mixiにログインを果たした。

 

数年ぶりに足を踏み入れたそこは、まさしく「廃墟」だった。

あの全盛時代のにぎわいがうそのように、そこは静まり返っていた。人の気配など、どこにもなかった。

「あしあと」を眺めると、ポツリポツリとだけ、最近のそれを確認することができた。私のほかにも、わずかではあるがここに立ち入った者がいるようである。

ふと見ると、「つぶやき機能」「あしあと削除機能」「あなたの伝言板」など、見たこともない新機能がガラスケースの人形のように、主人を失ったまま佇んでいる。

「新着メッセージが3件あります!」

そんな表示が静かに踊っている。かつてはこの赤文字が現れるだけで、喜びが胸いっぱいに広がったものだった。おそるおそるそれをクリックすると、新着メッセージはどれもマイミクたちからのものだったが、そのすべてが「サングラスを買いましょう」というスパムメールだった。この廃墟で亡霊となった者たちは、行動を支配され、こうしてさまよい続けているのだ。

「あれは……?」

見覚えのある景色が目の前に現れ、ゆっくりと歩み寄る。それは果たして、「紹介文」であった。丁寧にほこりを払いながら、マイミクたちから捧げられた「紹介文」を懐かしむ。

「最近会ってないけど、元気?」

「私の高校の先輩です! 応援しています!」

「ぼくの地元の友だちです。そのうち、飲もう!」

「小さいころ、地域のクリスマスパーティーのプレゼント交換で、ひとりだけトイレットペーパーを持ってきた人です。いまでも貧乏なのかな?」

泣けた。いまではもう疎遠になってしまった人たちによる、過去からのエール。こんなもの、泣くにきまっている。

よく考えたら、最後の「トイレットペーパー」のやつは軽い悪口のような気もしたが、しかしそれもエールなのだと強引に解釈して、泣いた。

「紹介文」は、ただそこに掲げられていた。仏間に飾られた遺影のように、かつての住民の誰からも忘れられたままに。

 

こうしてインターネット版の廃墟をあてもなくうろついていると、下田くんと谷口くんのアカウントを発見した。

彼らの日記は、それぞれ2010年ごろからストップしていた。消息が、消えていた。

ふたりとも、どこかで生きていてくれ。そんな思いで、メッセージを送信した。

「この廃墟で、また会いましょう」

送信時間が、表示される。

廃墟は、振り子を揺らしながら、静かに時を刻んでいた。

WRITER
ワクサカソウヘイ
ワクサカソウヘイ
1983年生まれ。文筆業。ルポ、コラム、コント台本などを執筆。主な著書に『夜の墓場で反省会』『ふざける力』『今日もひとり、ディズニーランドで』など。最新刊は『ヤバイ鳥』(エイ出版社)。
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