建設の匠
メニュー
メニュー閉じる
エンタメ

文筆家・ワクサカソウヘイの「たてものはいきものだとおもうもの」【6】アンコール・ワットのプレイバック

文筆家・ワクサカソウヘイの「たてものはいきものだとおもうもの」【6】アンコール・ワットのプレイバック

「建設の匠」ならぬ「建設の素人」にだって、建築を愛でる権利はあるはず。建築物にまつわるアレコレを文筆家・ワクサカソウヘイが五感で味わい、綴ります。

今回のテーマはアンコール・ワット(ミスチル風味)。ちなみに編集部の中の人は自分だけを信じてきた世間知らずのアラフォーです。

タイトルイラスト/死後くん

 

#6 アンコール・ワットのプレイバック

先日、取材仕事でカンボジアに訪れた。

シェムリアップの近くにある大きな湖、そこに住む水上集落の人々の暮らしを巡る取材だったわけだが、現地の通訳さんやドライバーさんが非常に優秀な方々だったこともあり、スムーズに事が運んで、滞在最終日には予期せぬ「自由時間」が発生した。

それじゃあ、ひとまず仕事は忘れてひとりで観光でもしようか、ということになったわけだが、ここで私はなんともいえない、だるい気分に襲われた。

カンボジアはシェムリアップ、そこの一大観光地といえば、いわずもがなではあるが、アンコール・ワットをおいてほかにはない。シェムリアップを訪れておいてアンコール・ワットに赴かないというのは、パリに行ったのにエッフェル塔を見ないで帰ってきたり、ニューヨークに行ったのにセントラルパークに一度も寄らなかったり、耳鼻咽喉科に行ったのに耳も鼻も咽喉も診察してもらわなかったりするような、とにかく損な話である。しかし、私はアンコール・ワットへ行くことがとにかく気だるかった。なぜなのか。

カンボジアは、これが二度目だった。

私が初めてこの地を訪れたのは、齢十八の時。それは初めてのひとりでの海外旅行で、書くのも恥ずかしいが、その時の私は完全に心の中に「ナオト・インティライミ」を飼っていた。

物売りの子どもを眺めては、「この国の人々の瞳はなんて美しいんだ……」と感動する。

蛙の串焼きを食べては、「自然はこうして人間と共生しているんだ……」と主語も述語も異常に壮大なコメントを頭によぎらせる。

バイクタクシーでボラれても、「力強く生きるアジアの喧騒が、ここにある……」と勝手に総括する。

カンボジアという異国、そこに溢れる景色のどれもが、とにかく新鮮に目に映り、いちいちエモーショナルな想いに駆られていた。こんなこと告白したくないが、正直に申告するならば、旅の最中はずっとMDプレイヤーでミスチルを聴いていた記憶がある。

そんな感じで心の中に「ナオト・インティライミ」を棲ませていたわけだから、アンコール・ワットの景色を初めて眼前に広げた時は、もうヤバかった。

「世界には、こんなにも美しいものがあるのか……」

ああ、十八歳。

「にほんブログ村」で世界一周の記録を綴っている人たちだって、もう少し気の利いたコメントを漏らしそうなものだが、その時の私は語彙力ゼロな感じで、純粋にアンコール・ワットに心を震わせた。思い出したくもないが、ちょっと泣いたりもした。建築物を見て涙を頬に伝わせた経験など、後にも先にもあの時かぎりのことだろう。

それから十数年の時が経って、今回が二度目のカンボジア。

あれから私は、青年期を過ぎ、おじさんへの領域へと足を踏み入れてしまった。なにかを見て感動する、なんてことは、もうすっかりなくなってしまった。

どんなに美しい夕陽を眺めても三秒で飽き、関節が痛むと言っては外出を嫌い、「死ぬこと以外はかすり傷」みたいな言説には生理的拒否反応が出る。そんな大人になってしまった。

こんな私が、十八歳の頃に心を打たれたアンコール・ワットへ再訪などしていいものなのだろうか。あの純度100%の思い出は、そのまま記憶の中に真空パックとして留め、もういたずらに触らないほうがいいのではないだろうか。アンコール・ワットのZIPファイルは、解凍もアップデートもせず、そのままの状態で保存しておいたほうがいいのではないか。

そんな逡巡が、だるさの原因となっていた。

しかし、シェムリアップでの「自由時間」において、ほかにやるべきことも思いつかない。ここで一日を潰す手段、それはやはりアンコール・ワット観光しかないのである。

しかたがない。私はホテルからトゥクトゥクへと乗り込んだ。

 

 

泥水を幾度となく飲み、汚れつちまった悲しみを何度も重ね、残ったものは中肉中背の体だけ。もう心の中に「ナオト・インティライミ」は棲んではいない。そんな三十歳過ぎの私の濁った視界の先に現れた、アンコール・ワット。

その最初の印象は、「なんだか千代田区みたいだな」というものだった。

十八歳で訪れた時は、そんなところに気など全然留めなかったが、アンコール・ワットって実は周辺をぐるりと「お濠」で囲っている。それはなんとも「皇居」周辺の雰囲気に似通っていて、うしろを振り返れば帝国ホテルとか日本武道館とか建っているんじゃないか、みたいな感じなのである。

喫煙所が全然見つからない感じも含めて、実に「千代田区」感が漂っている。駐車場にはとバスが停まっていたとしても、きっと違和感を覚えることはないだろう。

で、正門からアンコール・ワットへと歩いて肉薄していったわけだが、驚いたのは観光客の多さだ。シャッターを切っても、寺院ではなく手前の欧米の方々にどうしてもピントが合ってしまうほどに、そこは人に溢れている。いや、そりゃカンボジアが世界に誇る遺跡なのだから、観光客が多いのは当たり前なのだが。

十八歳の時に訪れた時にも、きっとこんな感じで、アンコール・ワットは大勢の観光客でにぎわっていたのだろう。しかし、私の記憶の中では「無人の中でアンコール・ワットと対面し、胸を震わせている自分」という物語だけが保存されている。感動の精度を高めるために、私はきっと、記憶の中から「その他大勢の観光客」というデブリをデリートしていたのだろう。高橋歩的な、見事なご都合主義の芸当である。

 

アンコール・ワットの内部へと足を進める。

お坊さんが祈祷や占いをやってくれるスポットがそこに現れた。

そこには「プーさんのハニーハントか」というほどに、観光客が行列をなしていた。

十八歳だった時の私は、アンコール・ワットのこのスポットで、お坊さんに占いをしてもらった記憶がある。しかしそれは、「人の気配がない寺院遺跡の中で、突如、美しい祈りの声が聴こえ、導かれるようにそこへと辿り着くと、そこには袈裟を着たひとりの僧侶が。手招きをされ、占いをしてもらうと、『あなたは神に選ばれた若者だ……』的なことを告げられた」というものであり、列に並んだ記憶など、どこにもない。でも本当は、こうして目の前の観光客たちのように、行儀よく列に並んでいたのだろう。

しかも、よく考えたら自分はクメール語なんてひとつも話したり聞いたりすることができないのだから、占いの結果を理解しているはずがない。

青年期の自分が、記憶を利己的にディレクターズカットしていた事実を知り、大いに引く。

 

そして、十八歳の時の私は、アンコール・ワット内部に施された美しいレリーフ、それをひとつひとつ眺めてはため息を漏らしていたわけなのだが、今回の探訪で目に強く留まったのは、こちらの景色だった。

 

実に殺風景な、薄暗い回廊。

エモーショナルな雰囲気はそこには皆無で、閑散期の税務署、もしくは木曜日の公民館、みたいな無味乾燥の印象だけが漂っている。

あとで調べたら、アンコール・ワットは「細部が凝っている一方で、雑な部分はどこまでも雑」な建築物としても名高い、ということを知った。

十八歳の私は、美しいものだけに反応し、雑な部分はすべて無視していたのだろう。

 

アンコール・ワットから、その横に広がっているアンコール・トムへと移動する。

ここはかつての王宮の跡で、広大な敷地の中にはいくつもの見どころが点在しているのだが、その中でもこぞって観光客が押し寄せるのはバイヨンである。

バイヨンは「宇宙の中心」という異名でも知られ、当時のクメールの人々の世界観が表現されているといわれている遺跡だ。青年だった頃の私は、このバイヨンにもまた、強く心を打たれたことを覚えている。「ボクはいま、宇宙とつながっている……!」的な感想を大真面目に漏らしたりもしたはずだ。

さあ、宇宙とつながっているどころか、社会ともきちんとつながれていない(休日はネットでゴシップ記事ばかり閲覧している)大人となってしまった現在の私の目に、バイヨンはどのように映るのだろうか。

 

 

バカなのか、バイヨン。

石に、顔って、超バカなのか。

「そうです、私が変な世界遺産です」ではないか、これは。

そこには「変態建築」としての味わいが、濃厚に横たわっていた。

これ、バイヨンを造った何百年も前の人々は、べつに「宇宙の中心」とかを表現しようと思ったわけじゃなくて、「潤沢な予算で好きに造っていいって言われたから、ふざけちゃおうぜ」みたいなノリで着工したのではないだろうか。

石工A「すっごい手間暇かけて石を切り出して、それで顔造っちゃったりしてー!」

石工B「で、無意味に装飾を施しちゃったりしてー!」

石工C「そんで、それを『宇宙の中心』とか呼んじゃったりしてー!」

一同「ゲラゲラゲラ!」

みたいな。

いや、まあそんなわけはないはずだが、そんな想像を巡らせてしまうほどに、バイヨンは超絶的な変態性に満ちている建築物であった。潤ったフィルターで鑑賞していた十八歳の時には感知できなかった、「怪物」としてのバイヨンがそこには広がっていた。

 

ついでにバイヨン近くの、タ・プロームにも寄った。

こちらのスポットは自然浸食が進行していて、樹の根が遺跡を覆ったりしている景色で有名である。

初訪問の時は、この光景を鑑賞しながら、「やはり人智は自然に敵わない……」などと知ったような(そして『地球の歩き方』で読んだような)感想を抱いたものだが、今回の感想は「普通に気持ち悪いな……」というものだった。樹の根のうねうねとした様子を眺めているだけで、ゾクゾクしたものが体に走る。

で、このゾクゾク感が、なんともたまらない。

気持ち悪いものを、そのままストレートに「気持ち悪い」と思いながら鑑賞することって、決してネガティブな行為ではないように思った。手塚治虫のあまり世には出ていないグロテスクな作品を読んだ時のような、味わい深い気味の悪さが、タ・プロームには存在しているのである。

こうしてアンコール・ワット周辺の再探訪を終え、ホテルへと戻る途中、全然タ・プロームと関係ない場所で、「タ・プロームってる」スポットが沿道に現れた。流行っているのか、タ・プロームの手法。

 

建築物は、基本的に、建てられた瞬間からずっと姿を変えることはない。

変わってしまうのは、それを鑑賞する人間だけだ。

時が経ってから、かつて訪れた建築物を、もう一度味わう。その時、以前とは違うその建築物の魅力や面白さに気づけることもある。

そんな感想を抱いた、アンコール・ワットの解凍探訪であった。

ミスチルは、一度も聴かなかった。

 

WRITER
ワクサカソウヘイ
ワクサカソウヘイ
1983年生まれ。文筆業。ルポ、コラム、コント台本などを執筆。主な著書に『変な鳥ヤバい鳥‐私は妙な鳥にいつも体をゾクゾクさせている』『男だけど、』『ふざける力』など。最新刊は『動物たちの青春白書』(小林 朋道との共著、エイ出版社)。
建設転職ナビ