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文筆家・ワクサカソウヘイの「たてものはいきものだとおもうもの」【8】記憶の館「富士屋ホテル」をあなたは知るべきだ

文筆家・ワクサカソウヘイの「たてものはいきものだとおもうもの」【8】記憶の館「富士屋ホテル」をあなたは知るべきだ

呼吸をしているような建物たちを、静かに興奮しながら鑑賞したい。建築物にまつわるアレコレを文筆家・ワクサカソウヘイが五感で味わい、綴ります。

今回は建物の“物語”について。建物のふとしたディテールを見た瞬間に鼻の奥がツーンとすること、ありますよね。

タイトルイラスト/死後くん

 

#8 記憶の館「富士屋ホテル」をあなたは知るべきだ

先日、機会があって、ある友人の実家を訪れた。

すると茶の間の柱に、彼の幼少期の成長記録なのだろう、身長の推移がマジックペンや彫刻刀で刻まれていた。それよりも高い位置に目をやると、彼のお父さんやお母さんの身長も記録されていた。

それから、友人がかつて過ごした子供部屋に案内された。そこには学習机がふたつ、並べられていた。

彼は一人っ子のはずだ。なぜ学習机がふたつあるのか尋ねると、「小学生の頃、数年間だけ自分と同い年の親戚の子をうちで預かっていたんだ」という答えが返ってきた。

きっと込み入った事情があったのだろう。そのことについて触れることはそれ以上しなかったが、学習机がいまでもふたつ並んでいる光景から、その親戚の子との数年間の共同生活は友人にとっては「良い記憶」として残っているのだろうな、ということは察せられた。

 

建物を鑑賞している時に、心が強く揺れるのはそういった瞬間だったりする。

かつてそこに住んだり、そこを訪れたりした人々がいて、それが建物に記憶として刻まれている。そんな景色を目の当たりにすると、どうしてもグッときてしまう。

建物ってつまり記憶のささやかなクラウドサービスで、我々が忘れていってしまうことを、代わりに覚えていてくれたりする。箪笥に残っているけろけろけろっぴのシール跡、押し入れの中で誰の目にも触れられないまま息をひそめている落書き、車をこすってしまったことで塗料が剥げている門。静かに記憶を刻みながら、やがてそこから誰もいなくなる未来に向かってゆっくりと朽ちていく建物が、私の好みである。

逆にいえば、近代的なビルや殺風景な公共施設などにあまり食指が動いたりはしない。落書きなど一切許しません、けろけろけろっぴのシールなど言語両断、みたいな「記憶を刻んだら即退場」的な態度の建物には、どうしても魅力を感じづらい。たとえそれが新進気鋭の建築家による奇抜なデザインのものであっても、人々の記憶を受容する態度がそこに見えないと、冷めてしまうのである。

 

さて。

そんな嗜好を持つ者の心を、大きくかき乱してくれる物件が、箱根に存在している。

富士屋ホテルである。

写真/Adobe Stock

 

富士屋ホテルは、まさに「記憶の総本山」だ。

どうかと思うくらいに建物に記憶を刻みまくりというか、記憶だらけで逆に建物の実体が見えづらいというか、もしかしたらこの建物は記憶だけで構築されているのではないか、みたいな物件なのである。

どういうことなのか、説明したい。

 

富士屋ホテルは、神奈川県箱根町の宮ノ下温泉、その国道一号線に面している。箱根駅伝でも「いま、選手が富士屋ホテルを通過しました」と必ず実況されるので、名前だけは聞いたことがある人もいることだろう。

創業は1878年(明治11年)。百年以上も続く、超老舗のホテルである。

木造の建物の外観はそれだけで美しく、また壮大でもあるわけだが、中に入るとさらに息を呑む。精巧な木彫りのレリーフやアンティーク、美術品の数々がありとあらゆる場所に張り巡らされ、一種異様な景色を形成しているのである。

東京ディズニーシーに『タワー・オブ・テラー』という廃墟となったホテルを模したアトラクションがある。乗ったことがある人ならおわかりになるだろうが、そこには「かつてのオーナーには収集癖があり、世界中から集めたコレクションをホテル内に展示している」という背景設定があり、待ち列に並んでいる間、アジアの仏像やヨーロッパの絵画、アフリカの偶像などの珍品(のレプリカ)をたくさん目にすることができる。その『タワー・オブ・テラー』を地でいっているのが、富士屋ホテルなのである。

おそらくは歴代オーナーたちの趣味だったのだろう、その富士屋ホテルのコレクションの数は実に膨大で、それでいて嫌味がひとつもない。

ホテルのロビーに足を踏み入れてまず感じるのは、「記憶の圧力」だ。その逸品たちの多くに、様々なエピソードが付随されているのである。

 

たとえば、フロントの前の柱に施されている、こちらのオナガドリのレリーフ(私が富士屋ホテルを訪れたのは5年ほど前で、その時はiPhone4しか持っていなかったので、写真の画素が荒いのはご容赦願いたい)。

このオナガドリには、なんと「奇跡の人」である、あのヘレン・ケラーが関係している。

1937年、来日していたヘレン・ケラーが富士屋ホテルに宿泊した。この時、ヘレンはホテルで飼われていたオナガドリをとても気に入り、何度もフロントを訪れては抱きかかえていたという。その後、ヘレンは富士屋ホテルを再訪。しかし、その時にはオナガドリは死んでしまっており、彼女はひどく落胆したという。

それを残念に思った富士屋ホテルは、フロントの柱にこのオナガドリの彫刻を彫ったのだ。視力の明るくないヘレン・ケラーが、手で触ってオナガドリを思い出してもらえるように、という願いも込められているのだろう。

その後、ヘレンは再訪することなく、この彫刻と出会う機会も永遠に失われてしまったわけだが、フロント前のオナガドリはいまでも彼女を待ち続けている。そんなエピソードをホテルのスタッフの方に聞かされるだけで、「建物の記憶」好きとしては胸をざわめかせないわけにはいかない。

 

この富士屋ホテルの凄まじいところは、ヘレン・ケラーのみならず、世界中の数多くの著名人たちの、ここを訪れた際の記憶が刻まれているという点だ。

筆頭は、ジョン・レノンとオノ・ヨーコである。

彼ら夫婦も、息子のショーンと共に、富士屋ホテルへ訪れている。どうでもいいが、この写真を眺めるたびに、「オノ・ヨーコって当時から全然ブレていないな……」と思う。森の守り神とかでないと辻褄が合わないような髪型である。

ジョンは富士屋ホテルのアップルパイを気に入っていた。彼がそれを楽しんだテーブルはいまでも残されていて、宿泊客はその席で同じくアップルパイを味わうことができる。ファンの間では「ジョン・シート」として親しまれてもいる聖地だそうだ。

 

それからチャーリー・チャップリンもここに滞在している。写真左の人物がチャップリンである。

当時「チャップリンが富士屋ホテルに来ているらしいぞ!」と噂がまわり、野次馬や記者たちが大勢ホテルに押しかけたが、みんな「チャップリン=チョビ髭」のイメージで探し回ったため、ついぞ見つけることはできなかったらしい。おかげでチャップリンは穏やかな滞在を楽しむことができ、彼が散歩したホテル裏の道は「チャップリンの小径」としていまも残っている。

ちなみに写真の右に写っているのは、当時の富士屋ホテルのオーナーである。チャップリンには髭がなくて、オーナーのほうにはごっそり髭が生えているのがよい。

さらにちなみに、このオーナーは「万国髭倶楽部」という、よくわからない団体の創立者でもあり、自身の口髭をこよなく愛していたという。ホテル内に残っている彼の銅像はこんなことになっている。

大丈夫か、オーナー。さくらももこのドープな作品でしか見たことのない口髭ではないか。

ホテルでは、彼の髭に対する情熱が伺えるコーナーも設置されている。

こういう奇天烈な人物が育んだホテルだからこそ、多種多様な人々がここを訪れ、記憶は膨大に刻まれていったのだろう。

 

ほかにも三島由紀夫が夫婦で訪れてもいるし、

ウィンストン・チャーチルやタイの国王、それからオーストリア皇太子など名だたる人々が富士屋ホテルを愛してきたという。また、たしかな筋の情報では、峰 竜太も泊ったことがあるそうです。玄関で大きな熱帯魚を飼っていることでおなじみの、あの峰 竜太が!すごいぜ、富士屋ホテル!

 

付け加えれば、富士屋ホテルの彫刻の中で個人的に私が好きなのは、こちらのヘビである。

このヘビの上には、それをじっと見つめるサルの彫刻が置かれている。なにかしらのバックス―トーリーがあるのだろうな、とこちらに上品に想起させるところが好きだ。

 

こんな感じで、富士屋ホテルにはありとあらゆるスポットに「記憶の物語」が刻まれている。その全貌を記すことはとうてい難しく、できることなら一度は宿泊してその異界を体感してほしいものである。夕方からはコンシェルジュさんによるホテル内のヒストリーツアーが開催されているので、宿泊の折にはそちらに参加することを強くおすすめする。近代化産業遺産にも認定されているカスケードルームや、バー「ヴィクトリア」、迷宮めいた廊下や、メインダイニングの天井に施された数百種類の高山植物の彫刻、花のモチーフが散りばめられた客室など、どこをとっても素晴らしいホテルです。

(ところが、残念なことに富士屋ホテルは現在改修工事中。再オープンは2020年の夏に予定されているとのこと)

 

そこは、「柱に刻まれた子どもの成長記録」の最高峰。あなたも是非、生涯に一度は富士屋ホテルを訪れ、その記憶のクラウドサービスに触れてみていただきたい。

そして、富士屋ホテルの記憶に溶けながら、幸せな眠りに就いていただきたい。

人々の記憶を受容する態度の建物が、私はなによりも好きである。

WRITER
ワクサカソウヘイ
ワクサカソウヘイ
1983年生まれ。文筆業。ルポ、コラム、コント台本などを執筆。主な著書に『夜の墓場で反省会』『ふざける力』『今日もひとり、ディズニーランドで』など。最新刊は『ヤバイ鳥』(エイ出版社)。
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