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文筆家・ワクサカソウヘイの「たてものはいきものだとおもうもの」【10】かつて練馬区には巨大な「アフリカの館」が存在していた

文筆家・ワクサカソウヘイの「たてものはいきものだとおもうもの」【10】かつて練馬区には巨大な「アフリカの館」が存在していた

呼吸をしているような建物たちを、静かに興奮しながら鑑賞したい。建築物にまつわるアレコレを文筆家・ワクサカソウヘイが五感で味わい、綴ります。

今月は「練馬のアフリカ」だそうです。「東洋のナポリ」でも「浪速のモーツァルト」でもありません。繰り返します、「練馬のアフリカ」です。

タイトルイラスト/死後くん

 

#10 かつて練馬区には巨大な「アフリカの館」が存在していた

練馬区。

それは東京都23区の中において、独特なメンタリティを宿しているエリアである。

東京の中の、様々な区を眺めてみてほしい。そこにはそれぞれ、区のシンボル、もしくは区のアイデンティティーとなるような、ランドマーク的建物が存在している。墨田区であれば東京スカイツリー、渋谷区であれば109、豊島区であればサンシャイン60、板橋区であれば高島平団地、北区であれば北とぴあ、といった風に。

ところが、どうしたことだろう。「練馬区」と聞いても、多くの人々はそこからどのような建物の姿をも連想することができない。

私は、練馬区に生まれ、練馬区に育った者であり、そしていまなお、練馬区に居住している者である。だから私の中の心象風景は、ほとんど練馬区からもたらされた要素によって形成されている。その風景の中に広がっているのは、人工的な建物群ではなく、なんともあか抜けない農地の広がりだけである。

練馬といえば、大根だ。

練馬には「練馬大根」なる名産が存在しており、その名は全国に広く知れ渡っている。区内には『練馬大根の碑』なるものまで建てられており、地元の小学生であれば必ず一度は社会科見学などでそこを訪れ、「練馬大根」の名を胸に深く刻むことになる。

そう、「練馬大根」が印象付ける通り、かつての練馬区は23区の中でもトップクラスの畑密集地帯であった。なにを隠そう、私自身が明治時代より長きにわたり続いた農家の出身である。2000年代が始まる頃、世はすでに携帯電話やインターネットが台頭し始めていたというのに、私は毎朝、自分の家のキャベツ畑を通り抜けて、高校へと通学していた。

その高校には、都内の様々な地域から通学者たちが集まっていた。港区の高層マンションに住んでいる同級生もいた。渋谷区のコンビニでバイトしている同級生もいた。放課後のたびに新宿区へと遊びに繰り出す同級生たちもたくさんいた。そんな中で、私の履く学校指定のローファーだけが、練馬区の畑の土で汚れていた。

「東京」なのに「TOKYO」ではない場所、それが練馬なのだと、それまで練馬区立の小・中学校に通っていた私はようやくそこで思い知らされた。

「練馬区の独特なメンタリティ」とは、おおよそ、そんな感じである。

 

時代の移り変わりと共に、練馬区の景色もまた変化していった。畑たちは次第に建売住宅や老人ホームへと姿を変え、野良犬はいなくなり、区の花であるツツジを見かけるのは整備された公園の中だけとなった。平凡で、無個性な住宅地がそこには広がり、ところどころにささやかな農地だけが残り、そしていまでも、ランドマーク的な建物は現れていない。

しかし、私と同世代の練馬区民であれば、誰もが知っている。実はかつての練馬には、巨大にして堂々たるランドマークの館が、畑の風景の先に建っていたことを。

 

練馬には、『としまえん』という遊園地が存在している。

そう、間違わないでほしい。『としまえん』は豊島区にあるのではない。練馬区にあるのだ。『東京ディズニーランド』が千葉にあるように、『としまえん』は練馬区にあるのである。

さて、この『としまえん』はその昔、練馬区在住のキッズたちを熱狂と興奮の渦に巻き込むスーパーアミューズメントアトラクションを有していた。

それが、『アフリカ館』である。

 

この『アフリカ館』というアトラクション、まず驚くのはそのスケール感である。

箱形の建物なのであるが、そのサイズは文京区の東京ドームとまではいわないけど、千代田区の日本武道館の半分くらいはあったように思う。子どもの時の記憶なので誤差はあると思うが、とにかくバカでかい施設だったのである。

その館内の中には、「アフリカ大陸」の景色がつくられており、そこをジープで巡っていくわけなのだが、この内容がまたすごかった。なにがすごいって、『アフリカ館』が描くその景色は、あまりにもドープでダーク、そしてなによりアバウトなものだったのである。

 

まず、ジープは仄暗いゲートの前へと進む。

するとそこには、杖をたずさえた一体の骸骨が現れ「この先に進むと、オレのようになる……行くのはやめたまえ……」的なことを告げてくる。「いったい、この人の身になにが……?」と初っ端からブルーな気持ちになるも、おかまいなしにジープは前と進んでいく。

ゲートをくぐると、そこは城の大広間。クレオパトラや貴族階級の人々が大宴会を繰り広げている。なんと華やかな雰囲気。しかしそれも束の間、続いてのゾーンでは陰鬱な砂嵐の街の景色が広がり、そこではやせ細った人々が「ただただ路上でうずくまっている」様子を見せつけられる。強引かつ唐突に「貧富の差」をねじ込まれ、ジープの中の我々はさっそくどういう気持ちになっていいのかわからなくなるも、そのまま右折。

 

続いては、ケニアゾーンだ。進路の両側をマサイ族に囲まれる。

ジープがそこを通ると、マサイ族の人形たちが一斉に歌い踊る仕組みが施されていた。と言いたいところなのだが、老朽化のせいだろう、私が子どもの頃にはすでに彼らは歌いも踊りもせず、ただただじっとしていた。ごくたまに、一体だけ「ジジジ……」という死に際の蝉のような音を上げて、小刻みに痙攣するような動きを見せることはあった。そこをゆっくりと通過するジープ。簡単な言葉でいうと、地獄である。

 

さて、マサイ族の村を抜けていくと、続いては巨大な滝が現れる。ビル四階分はあるのではないかという高さから、ドドドッと轟音を上げて濁流が落ちていく。そう、本物の水による瀑布が再現されているのである。滝つぼの中にはマンモスの頭蓋骨まで浮いていた。

この圧倒的にリアルな景色を維持する予算を、少しでもさっきのマサイ族の修繕にまわせなかったのかと、おもわず首を傾げたくなるわけだが、ジープはそのまま左折。

 

するとそこには、サバンナの景色が広がる。バッファロー、ライオン、ゾウといったアニマルのつるべ打ちである。なぜだか「ハブ対マングース」の様子まで再現されていた。急な沖縄感に、なんの説明も付されてはいない。

一体一体のアニマルたちはかなりディテール豊かな造形が施されているのだが、よく見ると壊れたゾウの鼻をガムテープで修繕してあったりして、創作スタッフと運営スタッフの温度に著しい乖離が確認できたりもする。

あくまでイメージです。

 

広大なサバンナゾーンを抜けると、なにやら熱帯雨林地帯へと突入する。頭上をジャガーが吠えながら飛び越えていく。大人になってから気がついたことだが、ジャガーは南北アメリカ大陸にしか生息していない動物だ。『アフリカ館』は後半になればなるほど、右脳だけで考えたような構成になっていくのである。

ジャガーから逃げ切ると、おどろおどろしい仮面を装着した部族が現れ、ジープに向かって毒矢を放ってくる。

もちろん実際に矢が放たれるわけではなく、「プシュッ!」「プシュッ!」というサウンドが響くだけなのだが、不快であるのはこの効果音がちょっとどうかと思うくらいに爆音な点。このゾーンを通り抜けるだけで、しばらく鼓膜が麻痺するほどであった。マサイ族のゾーンでは「ジジジ……」としか響かせていなかったというのに。ボリューム調整のバランスが崩れ切っているのもまた、『アフリカ館』の魅力といえよう。

 

そして、いよいよ出口付近へと近づく。

ラストシーンでは、いったいなにが待ち受けているのか。ここで『アフリカ館』は、予想外な展開を打ち出してくる。

あれだけワイルドな景色を連続させておいて、最後は「空港の到着ゲート」を再現したゾーンへと我々を突入させるのである。

なぜ? 我々が乗っているのはジープなのに、なぜ空港なの? さっきまで毒矢を見舞っていたのに、急に都会的になるのは、どういった理由なの? 様々な疑問符が頭に湧くが、『アフリカ館』はなんの答えも返してはくれない。

最後はCAの人形が、納戸で眠る餅のごとき乾いた瞳を浮かべながら、「サヨウナラ、サヨウナラ」と絶対零度の声をかけてきて、試合終了。ジープは降り口へと辿り着く。

 

以上が、『アフリカ館』の全貌である。

察してもらえる通り、『アフリカ館』は、現代的なリテラシーに耐えられる代物ではとてもではないが、なかった。それに、老朽化もだいぶ進んでいた。だから私が小学校を卒業する頃には取り壊しが行われ、その姿を消してしまった。いまでは跡地にトイザらスが建っているだけだ。

 

練馬区民として、改めて自分の心象風景をのぞき込む。

そこには依然として、殺風景な畑の広がりだけがある。

だが、その奥に目を凝らすと、『アフリカ館』は蜃気楼のようにしてそこに姿を揺らしている。

アヴァンギャルドなその幻のアトラクションは、あの頃を練馬で過ごしたすべての人の胸の中に、いまもランドマークとして建てられている。

はずである。

※筆者注:本文に登場するアトラクションの正式名称は『アフリカ』でしたが、地元民が通称で呼んでいた『アフリカ館』の方で表記しています。

写真/Adobe Stock

WRITER
ワクサカソウヘイ
ワクサカソウヘイ
1983年生まれ。文筆業。ルポ、コラム、コント台本などを執筆。主な著書に『夜の墓場で反省会』『ふざける力』『今日もひとり、ディズニーランドで』など。最新刊は『ヤバイ鳥』(エイ出版社)。
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