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ワクサカソウヘイの「たてものはいきものだとおもうもの」【11】鼻で建築物を愛しむことを、この世の誰も否定してはいないもの

ワクサカソウヘイの「たてものはいきものだとおもうもの」【11】鼻で建築物を愛しむことを、この世の誰も否定してはいないもの

呼吸をしているような建物たちを、静かに興奮しながら鑑賞したい。建築物にまつわるアレコレを文筆家・ワクサカソウヘイが五感で味わい、綴ります。

今回は「建物のにおい」にまつわるお話。担当はこれを読んで静かに泣きました。

タイトルイラスト/死後くん

 

11 鼻で建築物を愛しむことを、この世の誰も否定してはいないもの

 

演歌の要は、「こぶし」にあるという。

恋愛の要は、「タイミング」にあるという。

青春の要は、「二学期」にあるという。

では、建物は?建物の要は、いったいどこにあるのだろうか?

建物の要は、「匂い」にあると、私は断言したい。

 

ある人はうっとりとしながら、私に言った。「名護市庁舎の佇まいが好きだ……」、と。

また、ある人は遠い目をしてこぼした。「中銀カプセルタワービルの質感にはゾクゾクする……」、と。

そしてまた、ある人は告白するかのように、静かにつぶやいた。「丹下健三が手掛けたクウェート大使館でいつか一泊したい……」、と。

それぞれが、視覚的なアプローチから、建築物に片想いを寄せている。瞳の中で、建築物を愛撫している。

それもまた、建物のひとつの愛しみ方だ。というよりも、視覚的アプローチこそが、最もスタンダードな建物の味わい方なのだろう。

しかし、私は思うのだ。その愛しい建物たちに一歩足を踏み入れた時、空間内がべらぼうに臭かったら、それでも片想いを持続させることはできるのだろうか、と。どんなに偉大な建築家が手掛けた建物であっても、エントランスからフナの腐ったフレーバーが漂ってきたら、果たしてそれを受け入れることはできるのだろうか、と。

 

私は、瞳と同時に、「鼻」で建築物を味わうことを楽しんでいる者である。

建物の奥行や立体感、それを真に深めているのは、視覚的効果ではなく「匂い」だと信じている者である。

「匂い」について特筆すべき好ましさがある建築物、その個人的ベスト3を挙げるなら、「自由学園明日館」と「東京都北区中央図書館」、それから「アバクロンビー&フィッチ銀座店」あたりになるだろうか。

「自由学園明日館」はフランク・ロイド・ライトによる設計物としても有名で、重要文化財にも指定されているわけだが、そこに漂う木材の古めかしい匂いは、嗅いでいるだけで胸がいっぱいになる。「東京都北区中央図書館」はレトロモダンな建築様式が目にも楽しい施設なのだが、そこに漂う図書たちの独特な紙とインクの匂いがまたエモーショナルで最高である。「アバクロンビー&フィッチ銀座店」は、ビルを貫く螺旋状の階段の美しさに定評がある建物なわけだが、そこには人工的な香水の匂いがプンプンに満ちていて、アッパーな気分になれること請け合いだ。どれも、一度は鼻孔を全開にして訪れてみてほしい。

 

いや、違う。

私の胸の中には、このベスト3を越える、特別な「匂い」を充満させた建築物が存在している。

 

 

私が初めて建物に鼻で恋をした時の話を、いまからしたい。

それは、小学生の頃。

お相手は、近所にある、なんの変哲もない「社宅」の建築物だった。

 

コンクリートでつくられたそれは、無機質なビジュアルをしていた。どこの街にもある団地の姿を想像してもらえれば、それでいい。つまり、視覚的にはちっとも面白みのない建築物であったのだ。

 

その社宅には、Kくんという同級生が住んでいた。私は彼と特別に親しくしていて、いつもふたりで連れ立っては、公園や駄菓子屋で遊んでいた。

私もKくんも、当時の少年ジャンプに連載されていた『王様はロバ』という漫画のファンだった。

ある日の下校途中、「作者のなにわ小吉先生にファンレターを書こうぜ!オレの家に来いよ!」とKくんに誘われた。

Kくんの住む、その社宅を訪れるのは、それが初めてだった。

住居人たちのポストが並ぶ、簡素なエントランスに一歩足を踏み入れた瞬間、私はクラっとするような眩暈を感じた。

めちゃくちゃ、好みの「匂い」が漂っていたのである。

 

それは、決してフローラルな匂いではなかった。どちらかといえば、カビが放つ、饐えた匂いに近かった。「匂い」と表現するのではなく、「臭い」と言ったほうがいいのかもしれない。

しかし、私の鼻はときめいた。その匂いは、ちっとも嫌な感じがしなかったばかりか、なんだかホッとするような、安心感の粒子に満ちていたのである。

その匂いは、階段にも、廊下にも、そしてKくんが住む部屋の玄関にも、満ちていた。

「お邪魔しまーす……」

初めて入るKくんの家。おそるおそるリビングへと足を進めると、またしてもクラっときた。いままで漂っていたこの社宅特有の匂いに混じって、嗅いだこともないような甘ったるいシャンプーの匂いが流れてきたのだ。

「あら、いらっしゃい」

迎え入れてくれたのは、Kくんのお姉さんだった。そう、Kくんには高校一年生になるお姉さんがいたのである。

私は長男で、しかも11歳になったばかりの男子小学生。「お姉さん」というジャンルとは、いままでちゃんと接触したことがなく、だから、ただただ慌てふためいた。しかしKくんのお姉さんは、そんな私の動揺など気に留める様子も見せず、カルピスで私の訪問を歓迎してくれた。

「いま、ハガキとペンを持ってくるわ」

そう言って、Kくんは私をリビングに残し、自室へといなくなってしまった。お姉さんはソファに座って、夕方のドラマの再放送を楽しんでいる。

私はひとり、間を持て余し、もう一度、Kくんの住宅に満ちている匂いを深く吸った。

好きだ。この空間の匂い、大好きだ。

もう、なにわ小吉とか、そういうのはどうでもよかった。私はずっと、この建物の中にいたかった。

それから、Kくんが住むその社宅は、私にとって特別な建築物となった。

Kくんの家に遊びに行くたび、私はエントランスからずっと、漂う匂いに集中し続けた。何度も何度も嗅いでいるうちに気がついたのだが、その社宅に溢れる匂いは、安心感があると同時に、自身にとって無いはずの記憶がなぜか蘇るような、奇妙な感情を呼び起こすものだった。

記憶と匂いとは密接に結びついている。そんな話を大人になってから知った。当時のKくんの住宅に漂っていた匂いは、もしかしたら私の遠い先祖が、かつて特別な場面で嗅いだ匂いと似通っていたのかもしれない。

Kくんの家のリビングには、いつもお姉さんがいた。

私が来るたび、お姉さんはカルピスを出してくれた。そしてソファに座り、私とKくんの会話に時折茶々を入れながら、テレビの向こうの織田裕二や稲森いずみを目で追っていた。Kくんの家は両親の帰りが遅く、私たち三人はしばしば、そんな夕方の時間を共有しながら過ごしていた。そして、その時間のそばには必ず、独特なカビの匂いと、お姉さんが使っているとおぼしきシャンプーの甘い匂いがあった。

それから、中学に上がるまで、私はKくんと仲良くしていたわけだが、ある日、その友情は無理やり断たれることになった。Kくんが遠い九州の地に、転校することになってしまったのだ。

私はKくんに、別れのプレゼントを渡した。『王様はロバ』の最新刊だった。

「とっくに買ったよ、それは」

Kくんは苦笑いをうかべた。

「そうか、やっぱり持っていたか」

それが私たちの交わした、最後の言葉だった。

そして、Kくんもお姉さんも、地元からいなくなってしまった。

 

中学校からの下校途中、かつてKくんの住んでいたその社宅に、時折、寄った。

そして、エントランスの前で、そこに漂っている匂いを嗅いだ。

すると、たちまち、Kくんとの日々が胸の中で蘇った。ソファに座るお姉さん、ファンレターに何を書こうか頭を悩ますKくん、濃かったり薄かったりしたカルピス、そして織田裕二に稲森いずみに、なにわ小吉。すべてが混然一体となって再生され、それから私はなにか満足したような思いを抱き、ふたたび帰路に着く。

それから数年が経ち、私は成人式の日を迎えた。

 

小学校時代の同級生たちが集まるパーティーの場に、Kくんの姿はなかった。九州という遠方からの参加は難しかったようだ。

かわりに、級友たちからこんな話を聞いた。Kくんのお姉さんは、昨年亡くなったらしい、と。バイク事故で命を落とした、とのことだった。

パーティーからの帰り道、二次会への誘いを断り、私はひとり、Kくんの住んでいたあの社宅に足を向けた。

そしてエントランスで、久しぶりに、匂いを嗅いだ。それはあの時のままの、饐えたカビの匂いだった。

大丈夫、きっと大丈夫。Kくんも、お姉さんも、ここに来れば、また会うことができる。

私は自分で自分にそう言い聞かせた。そして、静かにその場を去った。

いまでも地元には、あの社宅が佇んでいる。その建築物は、私にとって、いつまでも特別な存在である。

 

すべての建物のそばに愛おしい「匂い」があることを、私は願ってやまない。

 

写真/PIXTA(写真はすべてイメージです)

WRITER
ワクサカソウヘイ
ワクサカソウヘイ
1983年生まれ。文筆業。ルポ、コラム、コント台本などを執筆。主な著書に『夜の墓場で反省会』『ふざける力』『今日もひとり、ディズニーランドで』など。最新刊は『ヤバイ鳥』(エイ出版社)。
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