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ワクサカソウヘイの「たてものはいきものだとおもうもの」【13】極限建築天下一武闘会

ワクサカソウヘイの「たてものはいきものだとおもうもの」【13】極限建築天下一武闘会

呼吸をしているような建物たちを、静かに興奮しながら鑑賞したい。建築物にまつわるアレコレを文筆家・ワクサカソウヘイが五感で味わい、綴ります。

新型コロナウイルス感染防止のための「緊急事態宣言」もいよいよ解除となりました。ようやくお目当ての建築や土木構造物を見に行けるかも。でもせっかくなら近場じゃなくて、行っちゃいましょうか。そう、世界の果てへ……!(編集部)

タイトルイラスト/死後くん

 

13 極限建築天下一武闘会

 

昔に読んだ本の中で、こんな一文に触れたことがある。

「建築史とは、つまり人類が世界に『安心感』を拡張してきた歴史のことである」

たしかに、私たちは「家」がもたらす安らぎによって、生かされているところがある。

ステイホームの日々の中で、無限の暇と遊んでいる現在だ。布団に寝転びながら天井の木目模様をじっと眺めたり、ベランダに出て頭髪の襟足をノールックで切ってドキドキしてみたり、頭の中でゴリラやライオンなどを本気で闘わせて「この世で一番強い哺乳類」を決める天下一武闘会を開催してみたり。世界はいまも大きく揺れ動いているというのに、私の家の中では外部の現実と切り離された、だらしなくも平和的な時間が流れている。ちなみに優勝したのはカバでした。

で、こんなことを思ったりする。

築三十年の古びたコンクリート造りの、この狭いマンションの一室の中でさえ、こんなにも穏やかな時間を堪能できるということは、より強度のある建物の中では、さらなる贅沢な安心感を享受することができるのではないか。そして、最上級に怠惰な生活を体験することもできるのではないか。

しかし。

個人的なジャッジによって「哺乳類最強」はカバに決定したわけだが、「建物類最強」とはいったい、いかなるものなのか。

それはおそらく、極限地帯の建築群の中に存在していると思われる。

荒野に建てられたパオ、海洋の石油プラットフォーム、雪上のイグルー。人類は地球上のありとあらゆる土地に「安心感」を拡張し続けている。ぺんぺん草も生えぬ過酷な環境、そこに挑もうとしているタフネスな建設計画たちの中にこそ、「建物類最強」の栄光を手にする可能性を秘めた者が、存在しているはずである。

こうなったら、極限建築天下一武闘会を、頭の中で開催するしかない。「この世で一番強い建物類」を、ここで決めるしかない。

私はいま、とても暇なのである。

 

最初の挑戦者は、白銀の世界からのエントリー、「南極建築」である。

極寒の南極は、ペンギンなどの限られた生き物しか住むことのできない、苛烈な土地だ。しかしそこにも人類は、建設計画を施すことに成功している。

我々にとって特に馴染みの存在は、やはり「昭和基地」であろう。

写真/国立極地研究所

「昭和基地」のスペックの中で、まず刮目すべきは、その「スピード性」である。

南極での建設計画は、2か月ほどの短い夏の間で竣工される。というよりも、「竣工されなければならない」といったほうが正しい。夏が終わったあとに訪れる長い冬の期間では、気温がマイナス50度にまで落ち込むため、建設作業を行うことができないのである。

だから、基地の素材には、「軽い」「運びやすい」「建てやすい」という要素が求められる。そこで採用されている建設素材は、なんと意外なことに、木製パネルであるという。南極では雨がめったに降らないため、木材であっても比較的長持するらしい。それに木製パネルの中には断熱材が挟まれているので、酷寒の南極であっても快適な住環境を構築することが可能なのだ。強い吹雪にも耐えているイメージから、てっきり硬質な鉄筋建材を使っているかと思っていたのに、まさか「木造」であったとは。

さらに、「昭和基地」の多くの建物は、プレハブ工法によってつくられているという。そもそも、日本初のプレハブ建築こそが、第一次南極観測隊によって建てられた「昭和基地」の建物なのである。少人数のメンバーだけで短期間のうちにDIYしなければならないという条件のもとでは、プレハブ建築はマストの工法となるのだろう。

「木造のプレハブ」という、予想外の姿が現れ、天下一武闘会の場はすみやかに荒れる。ブリザードの攻撃をも阻む頑丈な見た目とは裏腹に、スピード感抜群の軽やかな一面を見せつける「南極建築」。これはもう、早くも優勝確定といったところか。

 

ところがそこに、刺客が現れる。

「深海都市構想」である。

図/清水建設

深海といえば、この地球上に残された、最後にして最大の未知領域である。その全貌はいまだ誰も把握することはできておらず、まだ人類の出会っていない謎が多く潜んでいると目されている。

そんな深海に、都市をつくってしまおうという計画、それが「深海都市構想」だ。それってSF小説の中だけの話ではないか、と一蹴してはならない。実はすでに現実世界の大手建設会社などが、この「深海都市構想」を大真面目に発表しているのである。しかも、実現の目標は2030年~2050年あたりに掲げているというのだから、こちらとしては驚くよりほかにない。

それは、水深200メートルあたりにつくられる、球体型の都市だ。よかったら「深海構想都市」で検索して、いくつかの建設会社のHPに掲載されているイメージマップなどを覗いてみてほしい。そこでは、深い海の中とは思えないほどのカジュアルなライフスタイルが提案されている。

台風や地震に襲われる心配がないドームの中で、深海生物を観察したり、高濃度酸素を利用した健康法を楽しんだりする。それが、夢の「深海都市」。

もちろん、そこでは人類の居住も想定されている。この場合、気になるは住所である。「深海都チョウチンアンコウ区リュウグウノツカイ町」っていう奇抜な住所が発行されるのであれば、ちょっと住んでみようかな、という気にさせられるのだが。

この計画の凄みは、球体型の生活ゾーンで話が終了していない点である。そこからさらに海底へとスパイラル状の輸送トンネルが続き、水深3,000メートルの最終地点では海底資源の開発などを目的とした「工場」の稼働が予定されているのである。

このように、本気とも冗談ともつかない「深海都市構想」であるが、いったいトンネルやドームなどでは、どのような建材を使うことが想定されているのだろうか。ここで「私たちも木造でいこうと思っているんです」とか言われた日には、天下一武闘会の場にざわめきが起きること必至である。

早急に調べたところ、「深海都市構想」の中で描かれている建材は、どうやらコンクリートであることが判明した。よかった、総檜づくりとかじゃなくて。これなら水圧にも強そうだし、確かな安心感を得ることができる。長生きして、その完成の姿を見届けたいものである。

ブラックブルーの世界に夢を描く「深海都市構想」は、「南極建築」に強い牽制を仕掛けてきた。闘いは膠着状態といったところか。

 

しかしここで、新人の乱入があり、武闘会は突然に佳境を迎える。

その新人とは、掟破りといわずにはいられないほどに極限の地から現れた、「宇宙エレベーター」である。

出典/大林組

この「宇宙エレベーター」は、地球と宇宙ステーションまでを超絶に長い昇降レールで一直線に結んでしまおうとする、非常に大胆な建築物である。もちろん現時点では実現に至っておらず、あくまで計画段階の代物ではあるわけだが、しかし「宇宙エレベーター」のプロジェクトは、「深海都市構想」に負けずとも劣らない本気度を有している。なんとこの世には、一般社団法人の「宇宙エレベーター協会」なるものまで存在しているのだ。

この協会は、「宇宙エレベーターに乗る際に気をつけること」や「宇宙エレベーターではどのような食事が提供されるか」などという情報を、HP上で示している。

出典/一般社団法人 宇宙エレベーター協会

「宇宙エレベーターでは、新鮮な食材を使った食事が提供されます」

「宇宙エレベーターでは、ワインやビールを問題なく楽しめます」

「宇宙エレベーターでは、電子機器の使用が禁止されることはないので、地球や星の写真をどんどん撮ってください」

「地上エレベーターで酔わない人は、宇宙エレベーターでも酔うことはないはずです。どうぞ、ゆっくりと宇宙の旅をお楽しみください」

そこには、半端ないディテールでもって、「宇宙エレベーター」の実像が描かれている。このままでは「先日、宇宙エレベーターにて結婚式を挙げられたお客様がおりました。スタッフ一同、大気圏で盛大にお祝いさせていただきました」とか言い出しそうな勢いである。もうすでにこの世には「宇宙エレベーター」が存在しているのではないかと、こちらに錯覚を抱かせる協会の熱意、おそるべし。

これは、まさに幻惑の術である。登場したと思ったら消えて、消えたと思ったら再び現れる。極限建築天下一武闘会は、「宇宙エレベーター」の登場により、混沌を極めた。

 

結局、どの建築物が優勝であるのかを決めることはできなかったが、しかし気づけば私は、丸一日の暇をつぶすことに成功した。

無意味な時間を穏やかに肯定してくれる「家」という存在は、なんとも尊い。そんなことをつくづく感じる、ステイホームの日々である。

 

WRITER
ワクサカソウヘイ
ワクサカソウヘイ
1983年生まれ。文筆業。ルポ、コラム、コント台本などを執筆。主な著書に『夜の墓場で反省会』『ふざける力』『今日もひとり、ディズニーランドで』など。最新刊は『ヤバイ鳥』(エイ出版社)。
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