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東京渋谷「前衛トイレ」巡礼/ワクサカソウヘイの「たてものはいきものだとおもうもの」【16】

東京渋谷「前衛トイレ」巡礼/ワクサカソウヘイの「たてものはいきものだとおもうもの」【16】

呼吸をしているような建物たちを、静かに興奮しながら鑑賞したい。建築物にまつわるアレコレを文筆家・ワクサカソウヘイが五感で味わい、綴ります。

食う・寝る出す――いきものの基本的な営みです。今回は最後の「出す」が目的な建築の訪ね歩き。ワクサカさんがそれをするに至ったのは、深い深い理由がありまして……。(編集部)

タイトルイラスト/死後くん

 

16 東京渋谷「前衛トイレ」巡礼

 

いきなりだが、質問してみたい。

「この世で最も偉大なたてもの」とは、いったいどの建築物のことだろう。

「それは世界で一番高いビルであるドバイのブルジュ・ハリファだ」と答える人がいれば、「いや、幾多の謎に包まれたギザの三大ピラミッドだ」と述べる人もいるだろうし、「いまだ完成を許さないスペインのサグラダ・ファミリアに決まっている」と唱える人もいるに違いない。

世界はあまたの建築物で溢れている。ゆえに「この世で最も偉大なたてもの」に対する回答は千差万別であり、とてもひとつに決められるものではないだろう。

それでも、私はこの質問に対して、確信を持ってこう答えたい。

「それは東京の公共トイレである」、と。

 

私は子どもの頃からずっと、胃腸の弱い人間だ。

ここまでの生涯を振り返れば、だいたい週三のペースでお腹を下してきたように思う。小学生時代の下校途中、中学生時代の移動教室のバスの中、高校生時代に初めての恋人とデートをしている最中、そして大人になってからの外出先におけるあの場面やこの場面。

目を閉じれば、そこにはいつだって「急激な腹痛」に右往左往する自らの姿が現れる。

尾籠(びろう)な話になってしまうが、私のようなストマック・トラブル体質を抱えた人間にとって一番の悩みとは、「突然にしてMAXの状態へと追い込まれてしまう」ということだ。そこには予兆なんてものはない。AメロもBメロもすっ飛ばして、いきなり「サビ」がフルコーラスで腹部に鳴り響くのである。

だから、トイレが近くにある状態にいなければ、安心して過ごすことはできない。ところが困ったことに、私は散歩を趣味としている者だ。暇さえあれば屋外を目的もなくうろついている。旅先で見知らぬ街を歩くのも大好きだ。いつ着火するのかもわからない爆弾を腹部に抱えているというのに。

これは声を大にして主張したいのだが、この世界というのはおおよそ、お腹が弱い者たちに対して優しくない造りをしている。

そのことを強く実感するのは、旅行で外国を訪れている時だ。ニューヨークにしろ、香港にしろ、バンコクにしろ、大都市だというのにとにかく公共トイレの数が少なすぎるのである。治安の観点から、という理由はあるのだろうが、いつ腹痛に襲われるともわからない体質を持った者たちにとっては無情としか思えない光景がそこには広がっている。旅先の異国の街で「サビ」が鳴り響くたび、私はいつも顔面蒼白となりながら、うろうろと景色の中をさまようハメになる。

で、それでもなんとか公共トイレを発見したら発見したで、トイレットペーパーが切れていたり、便座が壊れていたりする。照明も暗く、壁には不穏な落書きがしてあったりして、どうにも落ち着かない。べつに「ようこそ!まずはウェルカムドリンクをどうぞ!」みたいな過剰なサービスを公共トイレに求めているわけではないが、こっちはここに辿り着くまで息も絶え絶えに腹部の激情と戦ってきたのだ。もう少しくらい優しい態度で出迎えてくれたっていいだろう、と思ったりする。

外国の街に限らず、日本の地方を旅している時も、公共トイレの少なさに泣きを見ることは多い。人の賑わいが絶えない一大観光スポットだったらまだしも、ちょっとひなびた場所に足を延ばそうものなら、用の足せそうな場所は設置されていなかったりする。

いつだったか、とある地方の山奥にある「なんでも願いを叶えてくれる」という触れ込みの神社を訪れた時のこと。境内へと続く階段を前にした瞬間、私のお腹に突如として「サビ」が鳴り響いた。付近に公共トイレの姿は確認できない。でも頂上に到着すればきっと救いの手があるはずだ、と目の前の階段を腹痛に耐えながら一段ずつゆっくりと上っていった。だが期待も虚しく、境内では小さな本殿が待ち構えているだけだった。

脂汗をたらしながら、私は賽銭箱に小銭を投じ、そしてこう願った。

「どうかこの苦しみから解放されますように」

すると境内の隅に人の影があったので、急いで駆け寄った。神社の麓に住む、地元の人だった。事情を説明し、一緒に階段を下りて、家にあげてもらった。そして借りたトイレの中で、私はようやく苦しみから解放された。

一瞬、「なんでも願いを叶えてくれる」という神社のパワースポットっぷりに感謝したくなったが、よく考えたら急速に出現した悩みが急速に解消しただけなので、最終的にはなんだか釈然としない想いを抱えたまま、そこをあとにした。公共トイレがその神社の近くにひとつでも設置されてさえいれば、ちゃんとした旅情を味わえたというのに。

と、このように、私のような者にとってこの世界は実に生きづらく、そして歩きづらい。

しかしこの世には、胃腸の弱い人間であっても心置きなく散歩をすることができる、夢のような場所がある。

東京だ。

 

道端、公園、駅前。どこで急な腹痛に見舞われようとも、東京都内であれば必ず公共トイレを発見することができる。しかもたいてい、掃除が行き届いていて、なおかつトイレットペーパーも常備されているので、穏やかな気持ちでの利用が可能である。聞くところによれば、東京の公共トイレの設置数は世界でもトップレベルを誇っているという。偉大だ、こんなにも偉大な建設物を、私は他に知らない。

しかも、である。

なんでも最近、渋谷区では「誰でも快適に使用できる公共トイレを設置するプロジェクト(THE TOKYO TOILET)」なるものが実施され、名だたる建築家やデザイナーたちが区内に新たな公共トイレを誕生させているという。現状でもすでに快適な公共トイレばかりだというのに、さらにそれをアップデートさせるとは。東京はお腹の弱い者たちに対しての意識が高すぎやしないか。

いや、これは実に素晴らしいことである。街の公共トイレが充実すればするほど、私は安心して散歩を楽しむことができるのだ。

そうだ、この際、その渋谷区に新たなに造られた公共トイレを巡る散歩をしてみるのはどうだろうか。新たなウォーキングルートは開発できるし、途中でお腹を痛めても行く先々にトイレが待っているので慌てる心配はない。加えて「世界で最も偉大なたてもの」の最新の姿も確認できる。これは一石三鳥の案ではないか。

さっそく私は、渋谷区へと向かった。

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WRITER
ワクサカソウヘイ
ワクサカソウヘイ
1983年生まれ。文筆業。ルポ、コラム、コント台本などを執筆。主な著書に『夜の墓場で反省会』『ふざける力』『今日もひとり、ディズニーランドで』など。最新刊は『ヤバイ鳥』(エイ出版社)。
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