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東京渋谷「前衛トイレ」巡礼/ワクサカソウヘイの「たてものはいきものだとおもうもの」【16】

東京渋谷「前衛トイレ」巡礼/ワクサカソウヘイの「たてものはいきものだとおもうもの」【16】

恵比寿駅から渋谷方面へと続く線路沿いを歩いていく。するとなにやら主張の強い長方形の物体が目にとまる。

真っ赤なボディ。思想の尖った店長が経営しているライブハウスみたいな佇まいだが、しかしこれも公共トイレだ。プロダクトデザイナーの田村奈穂が手掛けた『東三丁目公衆トイレ』である。

個室に入ってみて思ったのだが、このトイレ、かなり密閉感が強い。

小さい三角の土地に建っているので、こじんまりとした印象の空間となっているのだ。スチール製の外観が牢固なムードを造り出していることも相まって、利用しているとなんだか「懲役216年」みたいなアメリカの囚人気分になる。

でも、この密室の雰囲気、嫌いではない。むしろ公共トイレには、これくらいのプリズンな感じがなければならないとさえ思ったりする。

用を足す、という営みは非常に個人的でプライベートなものだ。外界ときちんと断絶されていればいるほど、トイレは快適に利用できる。思えば学校のトイレというのはなんだか使用しづらかったが、あれは他者との共有感がやけに強かったからではないか。トイレには、少なからず閉鎖的な意匠が必要なのである。

「完全にひとりになれる」というトイレの大義を果たしている『東三丁目公衆トイレ』に、胃腸の弱い者を代表して拍手を送りたい。

 

さて、渋谷に到着する。

色々と話題のミヤシタパークを越えて代々木方面へと足を進めると、途中に現れるのは建築界の巨匠・安藤忠雄が手掛けた『神宮通公園トイレ』である。

これまでのとは打って変わって、実にメタリックな外観の円形のトイレ。ちょっとUFOのようでもある。

安藤忠雄が語るところによれば、この公共トイレのコンセプトは「雨宿り」であるらしい。なるほど、たしかに大きく外側にせり出した屋根が特徴的で、雨が降ってきた時はここに駆け込むこともできるだろう。

内部は縦格子から光が注いでいるが、全体的には無機質な印象である。

硬質なデザインはやや取っ付き難いものがあるが、しかしその反面で頼りがいのあるタフな人格が、この公共トイレからは感じられる。近未来感のあるアルミの壁は、おそらく落書きやいたずらを避けるためのものだろう。100年後も変わらぬ姿であり続けたい、という強い意志がそこにはある。お腹を下しがちな者としては、こういうトイレと末永くお付き合いをしていきたいものだ。

 

そこから代々木に足を向けると、ついにあのトイレが登場する。

設営された当初から各メディアで騒がれた、『代々木深町小公園トイレ』である。

建築家の坂茂によるこちらの公共トイレは、あろうことかガラスによって内部が透けた状態になっている。

これでは落ち着いて用を足せないではないか、おかしい、狂っている、責任者を出せ。などと慌ててはいけない。まずは扉を開けて、そしてカギをかけると、

なんと一瞬にして、ガラスが不透明となるのだ。

噂ではこのトイレの存在を聞いていたが、実際に体験してみると、思っていた以上に楽しい。こんなアトラクション感のあるトイレ、いままで出会ったことがない。東京の公共トイレはいま、エンターテイメントの領域に足を踏みこもうとしている。

ただ、実際に利用してみて思ったのだが、このトイレ、ちょっと落ち着かない。「もしシステムに予期せぬエラーが起こって、この瞬間、ガラスが突然に透明になったら……自分は終わる」という不安が用を足している最中、うっすらと流れ続けるのである。

ここで試されているのは、利用者とトイレとの信頼関係である。私はまだ、『代々木深町小公園トイレ』と出会ったばかりなのだから、疑心をよぎらせてしまうことも仕方がない。今後、積極的にコミュニケーションを図りながら、このトイレと良い関係を築き上げていこうと決めた。

 

さて、そろそろ散歩も終了である。最後に足を向けたのは渋谷区の端。そこには建築家の坂倉竹之助による、シンプルなデザインの『西原一丁目公園トイレ』が待ち受けていた。

今日一日、色んなトイレを巡ってみたが、私個人としてはこのトイレが一番好みのものであった。

まず、立地がいい。散歩している時に、なんとはなしに迷い込んでしまいそうな、奥まった住宅街。コンビニの姿を周囲に確認することはできず、だからこの付近でお腹が急に痛くなったら、かなり絶望的な気分を味わうだろう。そんな場所に、救いの手を差し伸べるようにしてこの公共トイレが建っている。わかっている、このトイレは、お腹が弱い者たちが街を静かにうろついていることを、十分に理解している。

個室の雰囲気も、素晴らしい。広々としていて、清潔感に満ちている。ガラスには木々のシルエットが浮かんでいて、さながら静かな森の奥へと誘われたかのようである。

小細工なしで正々堂々と快適な空間を実現した『西原一丁目公園トイレ』の優勝です、おめでとうございます。

 

『THE TOKYO TOILET』のプロジェクトはまだこの先も続くようで、2021年にはさらに10棟もの公共トイレが渋谷区に新設されるという。東京はこれからもますます、「トイレシティ」として進化を遂げていくのだ。

お腹が弱くて散歩の好きな全ての人々のそばに、これからも「この世で最も偉大なたてもの」がありますように。そんな願いを捧げながら、私は今日一日の散歩を終えた。

 
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WRITER
ワクサカソウヘイ
ワクサカソウヘイ
1983年生まれ。文筆業。ルポ、コラム、コント台本などを執筆。主な著書に『夜の墓場で反省会』『ふざける力』『今日もひとり、ディズニーランドで』など。最新刊は『ヤバイ鳥』(エイ出版社)。
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