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エッセイスト・宮田珠己の「迷宮は人生のインフラである」【2】三鷹天命反転住宅はトポフィリに満ちていた

エッセイスト・宮田珠己の「迷宮は人生のインフラである」【2】三鷹天命反転住宅はトポフィリに満ちていた

話題沸騰の“迷宮”をめぐる連載。第2回は東京・三鷹市の集合住宅です。……もちろん、ただの住宅じゃありません。こちらもまたけっこう迷宮的なのです。(編集部)

 

迷宮はデカすぎるのも考えもの

「迷宮は人生のインフラである」と嘯いて迷宮的な場所を巡ろうと思い立ったとき、思い浮かんだ場所のひとつに岐阜県養老町の『養老天命反転地』がある。

有名なので詳細は省くけれど、建築家荒川修作と詩人のマドリン・ギンズによって設計された捩れた公園のような名状しがたいスポットである。気になって二度も行ってしまった。鍋のような窪んだ地形のなかに妙な形の構造物が散在し、アップダウンの激しい通路がそこらじゅうに錯綜して、まさに迷宮という言葉がふさわしい場所だった。

とはいえ面白いと思いつつも、存分に堪能したとは言えない。正直に言えば、私はそこで何をしていいかわからなかった。現地では、そんな私のような者のために荒川修作らによって使用法が書かれてあり、そこから日常では味わえない身体感覚を味わわせようとする意図は読み取れたものの、実際問題いったい何から手をつけていいのか混乱してしまったのである。

今ならわかる。『養老天命反転地』のいったい何が私を戸惑わせたのか。

単純な話だ。

広すぎたのである。

入ってくる情報量に追いつけなかった。

魅力的なトポフィリの種がそこらじゅうに散らばっているとわかっていながら、全部を味わうことができないという焦り。強欲な私は、できるなら全部手に入れたいと思うあまり、ひとつひとつの場所を雑にしか感じることができなかったのである。

私はありふれた2LDKの賃貸マンションひとつで小1時間は「トポフィる」ことができる人間だ。

トポフィる。

つまりその場に身を置いてその感じを味わう(という意味の、今つくった造語)。たとえば、ここに住んだらどんな感じか、ここが自分の庭だったら、書斎だったらと妄想し、骨の髄までその場所を味わい尽くすこと。それこそが、トポフィリアンの喜びであり、単に間取り図を見ただけで、いつまでも噛みしめていられる性分なのである。

にもかかわらず、『養老天命反転地』は広すぎて焦点が絞れなかった。しかも、できれば座ったり寝転んだりして場所と一体化したいのに、雨の後だったせいかあちこちに水溜りができていた。

なんとじれったいことだろう。

かくして私は、迷宮はデカすぎるのも考えもの、という定理を発見するに至ったのだった。

もし荒川修作がまだ生きていたら、私のような考えは一笑に付されるだろうか。罵倒されるか、無視されるか、いずれにしても取り合ってもらえないと思う。だが申し訳ないが、私は哲学も思想もなく、ただただ迷宮を味わいたいだけの人間だ。頭で理解するのではなく、場所の官能性に淫したいのだ。

そんな私が気になっている荒川修作物件がある。

三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー』。

『養老天命反転地』の思想を凝縮したような住宅である。荒川修作のコンセプトはもともと好きだった私であり、住宅なら手に余ることはなさそうというのが気になる理由だ。住宅こそは、トポフィリアンにとって、最高の迷宮になりうるトポスだと考える。それはまさにそこに暮らして自分と一体化するものだからだ。『三鷹天命反転住宅』はまさに私の夢を具現化したものではあるまいか。

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WRITER
宮田 珠己
宮田 珠己
エッセイスト。大阪大学工学部土木工学科卒。一度は就職するものの、独立してフリーランスに。著書に『ニッポン47都道府県正直観光案内』『無脊椎水族館』(ともに本の雑誌社)、『四次元温泉日記』(ちくま文庫)、『東京近郊スペクタクルさんぽ』(新潮社)、『晴れた日は巨大仏を見に』(幻冬舎文庫)、『ジェットコースターにもほどがある』(集英社文庫)ほか多数。2017~18年度朝日新聞書評委員。現在、湘南モノレールWEBサイト「ソラdeブラーン」の編集を担当。
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