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宮田珠己の「迷宮は人生のインフラである」【8】奥多摩工業氷川工場で「線を見ていたい」という欲望

宮田珠己の「迷宮は人生のインフラである」【8】奥多摩工業氷川工場で「線を見ていたい」という欲望

線が人を魅了する

かつて私は、『晴れた日は巨大仏を見に』という著書のなかで、廃墟の情感についてふれ、こんなことを書いた。

おそらく廃墟の魅力のなかで、とくに大きな比重を占めるのは、オブジェの魅力ではないだろうかと私は思う。廃墟では、機械であれ何かの破片であれ、そこにあるモノのひとつひとつが魅力的に見える。その魅力は、それがかつて果たしていた役割を果たさなくなって、モノの存在がむき出しになっているからこそ、引き出されたものだ。(中略)廃墟ではすべての意味が解体されて、幻想的に見えてくるのである。

奥多摩工業氷川工場は今も稼動しているので廃墟ではないが、同じことだと思う。

こうして工場を観賞しているとき、少なくとも私は、ここが何の工場であるかという点にまったく頓着していない。何の工場であっても構わないのだ。目の前にある配管やベルトコンベアが何を運んでいるか、そしてタンクのようなものには何が貯蔵されているのか、煙突から排出されているのは水蒸気なのか何かのガスなのか、そういったことをまったく知りたいと思わない。見た目の雰囲気だけを切り離して味わっている。

そして今では、先の文章にさらに次のように付け加えたい。

オブジェのなかでも、とりわけ惹かれるのが線である、と。

私はこのような景観を眺めるとき、どうも線を見ているらしいことがだんだんわかってきた。

奥多摩工業氷川工場の魅力を説明しようと思うとき、線の魅力が重要な要素であることは間違いない。

配管、配線、ベルトコンベア、鉄骨、そして階段や廊下の動線、からみあうそれらの線が私を魅了する。それは錯綜し、まさに迷路の様相で私の前に立ち現れている。

次の写真は、以前乗りに行った静岡の岳南鉄道からの車窓風景である。

この鉄道は製紙工場の中を通過することで有名で、その際、配管のおばけのような束の下を潜る。工場マニア必見の萌えポイントなわけだが、その際この配管の一つひとつがいったい何を運んでいるのか、そんなことは一切気にならない。大事なのは配管があることそれ自体であり、仮に中に何も通ってなくたって、つまり使用されていない配管であっても廃墟であっても構わないのである。

他の工場マニアの人たちが何に惹かれているのか知らないが、私と同じ嗜好の人は少なくないのではないかと思う。

同じ土木系でも私がダムに惹かれないのは、そこには線の迷宮が見えないことと関係があるかもしれない。

思えば、配管や配線のある風景の魅力について語る人は結構いるのだった。

趣味人が集まるフェスなどで、配管の写真を撮りためている人に出会ったりする。線好きを公言し、高圧線や電線やゴムホースの写真を集めている女性のグループもいた。

線は人を魅了するのだ。

そして人が風景のなかに線を見るとき、そこには迷宮の香りが混ざりこんでいる。線に惹かれる人の多さは、人々の迷宮への欲求に繋がっている気がしてならない。

人間は迷路を、迷宮を欲望する生き物なのだ。

ここで私が散歩中に見つけたいい感じの配線を見て欲しい。

それがなんなんだと言われそうな写真ではあるが、わかる人にはわかってもらえるのではないだろうか。

込み入った線は迷路に似て、その先がどこに通じているのかわからない。だからこそわれわれは線の先にまだ見ぬ世界を暗黙裡に感じとり、そこに現実からの逃げ道を夢想する。

迷路は心を救うインフラなのである。

※同記事は2020年3月に取材したものです。

 
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宮田 珠己
宮田 珠己
エッセイスト。大阪大学工学部土木工学科卒。一度は就職するものの、独立してフリーランスに。著書に『ニッポン47都道府県正直観光案内』『無脊椎水族館』(ともに本の雑誌社)、『四次元温泉日記』(ちくま文庫)、『東京近郊スペクタクルさんぽ』(新潮社)、『晴れた日は巨大仏を見に』(幻冬舎文庫)、『ジェットコースターにもほどがある』(集英社文庫)ほか多数。2017~18年度朝日新聞書評委員。現在、湘南モノレールWEBサイト「ソラdeブラーン」の編集を担当。
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