多摩ニュータウン遊歩道に極上の迷路を見た【後編】/宮田珠己の「迷宮は人生のインフラである」【11】

宮田珠己さんが“迷路的なもの”をめぐる旅の連載。いや、たとえ未知のウイルスによって遠くへ旅ができなくても、極上の迷路は、きっとわれわれのすぐそばにある。それを確かめるべく、われわれは緑深い多摩ニュータウンの奥地を目指し歩を進めたのであった――。(編集部)
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歩車分離という遺産
遊歩道にはそこらじゅうにトイレがあるのも便利だった。
歩いていると次から次へと公園が現れ、少し大きな公園には必ずトイレがある。これは助かると思ったが、後に妻にその話をすると、ちょっと怖いと言っていた。
そもそも車道と分離された遊歩道自体が怖いと彼女は言う。車が通ると思うから夜の道を歩けるのであって、車は来ないし、公園や緑で暗がりが多い道など歩きたくないそうだ。
なるほど。おっさんだから気づかなかった。
多摩ニュータウン学会発行の雑誌「多摩ニュータウン研究」にも、2008年3月号に『多摩ニュータウンにおけるこどもをめぐる犯罪の発生実態と環境要因に関する考察』(上野淳、松本真澄、崎田由香)という記事が載っており、実際子どもに対する犯罪は、遊歩道上と公園に集中しているというデータが出ていた。学校や幼稚園前でも起こっているところを見ると、遊歩道の緑化や公園の充実が、必ずしもいいことばかりではないことがわかる。
実はそれにも関連すると思われるが、パルテノン多摩(公益財団法人多摩市文化振興財団)が発行する『ニュータウン誕生 千里&多摩ニュータウンに見る都市計画と人々』が2018年に発行した冊子のなかに衝撃的な事実が書かれていた。
そこにはまず「つながる公園」という項で、
と書いてあって、まさに今歩いている遊歩道のネットワークの発生時期が記されているが、ページをめくるとすぐに今度は「歩車共存へ」という項があり、こう書かれていたのである。
横には、幅広い潅木帯で車道と分離されたある意味普通の歩道の写真が添えられていた。
なんと、今私が楽しく歩いている歩車完全分離スタイルは、80年代後半にはとっくに放棄されていたのだ。
80年代前半に導入されたと思ったら、80年代後半には放棄されたってどんだけ短命なんだ。蝉かよ。
”さみしい印象の街並み”という言葉が刺さる。
たしかに今見たばかりのシャッターの閉まった商店街は、まさにそのことを如実に表している。
道理で、と私は了解した。
多摩ニュータウンの遊歩道ネットワークを地図上で発見したとき、ならば全国のニュータウンにも同じような遊歩道があるのではないかと、筑波学園都市や港北ニュータウン、千葉ニュータウンなども見てみたのである。ところが多摩ほど遊歩道が発達しているところはひとつもなかった。
落胆すると同時に、この瞬間、私のなかで多摩ニュータウン遊歩道ネットワークの存在価値は一気に跳ね上がった。
そうか、これは遺産なのだ。
80年代、つまり昭和時代の遺産──いや、それより私はこう言いたい。
多摩ニュータウンの遊歩道は、「日本迷路遺産」だと。
遊歩道の迷路性に着目するとき、多摩ニュータウンは歴史に残る異形都市として記憶される。こんな遊歩道は日本唯一であり、普通に「日本遺産」に認定されてもいいぐらいだ。41キロもよくぞ作ってくれた。
これまでにこの連載で紹介した横須賀や飛騨金山、雑賀崎などの街並みも当然この「日本迷路遺産」に認定できそうだが、多摩ニュータウンがそれらと違うのは、歴史的に新しい(高度経済成長時代にできた)迷路であるということのほかに、すべてが人為的に計画された街である点だ。
迷路状の街はたいてい自然に出来あがってしまうもので、気がつけば迷路になっていたという成り立ちが一般的だ。しかし、ここは最初からその形に設計されたのである。
もちろん迷路を作ろうと思って作ったわけではないだろう。奇しくも、歩行者の安全を一途に考え徹底した歩車分離を図った結果が、迷路として結実したのだ。

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