建設の匠
Powered by
建設転職ナビ
メニュー
メニュー閉じる
ワザ・モノ

⽇本武道館をアップデートせよ2――⽵中⼯務店の挑戦【前編】

⽇本武道館をアップデートせよ2――⽵中⼯務店の挑戦【前編】

⽵中⼯務店にとって「⽇本武道館」とは

1963年、⽇本武道館の建設⼯事がはじまった。それからわずか11か⽉で”武道の殿堂”は竣⼯する。名古屋で創業し、明治〜⼤正期に神⼾、⼤阪へ本店を移した関⻄の名⾨ゼネコンは、1958年に東京タワーを⼿がけるなど東京での地位を築き上げてきており、東京1964オリンピックで後世に遺る施設を手がけたいと考えていた。

日本武道館新築工事風景(写真提供/竹中工務店)

だからこそ⽵中⼯務店が⽇本武道館建設に名乗りを上げたとき、⼼に期すところがあったはずだ。

「⾃分の⼊社前の話なので、あくまで推測の部分もあるのですが」と瀧澤さん。

「社内でも『この⼈なら⼤丈夫だろう』と選ばれし⼈材をあてがったのでしょうし、そう聞いてもいます。いま、自分たちが同じものを11か⽉でつくれと⾔われたら、とてもできないでしょう」

現在の法規や検査をスケジュールに則っておこなったら、この⼯期ではとても難しいそう。「いまだったら2年ぐらいの施⼯⼯程を描きたくなるだろうなぁ」と令和の施⼯管理者は笑った。

「だって今回、既存の銅板屋根を剥がして、新しいステンレスの焼き付け屋根に葺き替える⼯事だって、7か⽉の予定がなんとか頑張って6か⽉でできたぐらいで、山田事務所では改修工事期間の9.5ヶ月は24時間体制の突貫工事になるだろうと思っていたぐらいですからね。さらに、北の丸公園内の増築等エリアは、江戸城・近衛兵団の跡地。埋蔵文化財発掘調査の対象で、調査を含めての請負だったので、いろいろな調整も必要でした」

⽵中⼯務店は数社が参加したという⼊札に参加し、令和の改修工事も受け持つこととなった。そこには「東京1964オリンピック時に⼿がけた武道館を、次のオリンピックでも責任をもって⾒守る」という⽵中⼯務店の想いやプライドがあったのではあるまいか。

かくして瀧澤さんは、いにしえのレジェンドがつくりあげ、56年間⾵雪に耐え抜いた⽇本武道館を、50年先の後⾝へつなげるための責を負うことになった。さまざまな苦難が待ち受けているとは知らずに……。

 
1
2
3
4
5
 
WRITER
「建設の匠」編集部
「建設の匠」編集部
「建設の匠」編集部の中の人。ひとりで取材したり記事を書いたり写真を撮ったりしております。ツイッターは@KensetsuTAKUMI、フェイスブックは@kensetsutakumi2018。
建設転職ナビ