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ワザ・モノ

100年前に起った建築イノベーター「分離派建築会」展に向って発て!

100年前に起った建築イノベーター「分離派建築会」展に向って発て!

「我々は起つ(たつ)」――。

大正期、そう宣言した6名の若者たち。そんな彼らをフィーチャーした「分離派建築会100年展 建築は芸術か?」が10月10日(土)よりはじまった。

分離派建築会創立時の集合写真。前列:矢田茂、山田守、石本喜久治。後列:森田慶一、堀口捨己、瀧澤眞弓(写真協力/NTTファシリティーズ、1920年2月3日撮影)

分離派メンバーのひとり・山田守に縁が深いと勝手に自認している当編集部としては見過ごすわけにはいかない。というわけで、中の人も港区へ発った。

汐留の大地に立つ

かくして我は新橋駅前に立った。

新橋駅汐留口

会場はここから徒歩でおよそ8分、汐留に建つパナソニック汐留美術館。パナソニック東京汐留ビル(2003年竣工当時は松下電工 東京本社ビル)の4階にある企業美術館だ。

”ナショナル”こと旧松下電工が扱っていた「建築・住まい」「工芸・デザイン」をテーマとした企画展を開催しつづけていて、2019年には「博物館相当施設」に認定されている。

「分離派建築会」は1920年に結成された、日本で最初とされる建築運動だ。……聞いたことがある気がするけれどよく知らない。そもそもなにが「ブンリ」したのか? ”派”というからにはグループでの活動なのか……?

いやちょっと待て。ちょっと建築&歴史好きだけれど、建築の学問をちゃんと修めたわけでも実務に従事しているわけでもない中の人みたいなドシロウトが、「建築は芸術である」と謳う彼らについての展示内容を理解できるのか。

ましてや建築史なんて、もっと敷居高そう。「うわ、私の知識レベル、低すぎ……?」といたたまれなくなって会場から兎のごとく逃げ出したくなるのではないか。正直なところ不安な気持ちでいっぱいだった。

《山の家》 模型。たしかにおもしろいカタチ。でもこれ系が無愛想にドンと置かれるだけの展示だったら「我はやはり芸術家の高尚な思想にはついていけぬ…」ときっと打ちひしがれていたであろう(1921年制作、1986年再制作。瀧澤眞弓監修)

結論から言おう。最高に楽しめました。感動。興奮。脱帽。クララが立つぐらい高揚。

先んじて多くの大建築・美術メディアが専門家視点でクロウト向けに記事にしていらっしゃるので、「建設の匠」は編集部がシロウトゆえ、ちょっと建築が好きぐらいな一見さんにも向けて鑑賞ポイントを解説していきたい。

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「建設の匠」編集部
「建設の匠」編集部
「建設の匠」編集部の中の人。ひとりで取材したり記事を書いたり写真を撮ったりしております。ツイッターは@KensetsuTAKUMI、フェイスブックは@kensetsutakumi2018。
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