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ワザ・モノ

100年前に起った建築イノベーター「分離派建築会」展に向って発て!

100年前に起った建築イノベーター「分離派建築会」展に向って発て!

土木構造物にもタッチ

「建築の芸術性」うんぬんにとどまらず、土木好きにも刺さる展示内容があるのが嬉しい「分離派建築会100年展」。さまざまなタイミングや要因があったにしても、才能豊かな分離派の活躍は建築だけにとどまらなかったのだ。

たとえば展示物には山田守がデザインに関わった永代橋の模型がある。これがまた惚れ惚れするほどカッコいい。欲しい。永代橋模型がデスクにあればテレワークもいまよりきっとはかどる。と思う。

山田守が携わった永代橋を山口文像が携わった豊海橋越しに臨む

聖橋の「パラボラ」アーチが力学由来じゃないともここではじめて知った。連続アーチは強度確保のためだと思い込んでいました。

山田守が意匠設計で関わった聖橋(1927年竣工)

山田守に誘われて復興橋梁にたずさわったのが、山口文像。彼はそれが縁で五大電力会社のひとつ・日本電力の嘱託技師となり、「我が国随一の峡谷に相応しいデザインを」という要望にしたがって、富山県は庄川・黒部川水系の土木構造物である黒部第二発電所の建屋や橋梁、小屋平ダムの意匠設計を手がけたのだ。

黒部第二発電所(1936年竣工、写真提供/萩原雅紀)

黒部第二発電所内部(写真提供/萩原雅紀)

3階まで吹き抜けの黒部第二発電所内部には巨大な水車型発電機がある(写真提供/萩原雅紀)

八馬智センセイが語るような機能美を誇る土木構造物もすごくステキだけれど、建築家のデザインが加わるとこれまたステキになる。いまもこんな建築×土木のコラボがあればいいのに……。

黒部第二発電所へとつながる鉄道橋、目黒橋(1934年竣工)。永代橋のそばにある豊海橋(1927年竣工)とならび、山口文象が手がけた近代フィーレンデール橋(写真提供/萩原雅紀)

ちなみにこれら黒部川の施設は超絶険しい秘境にあり、一般人は黒部峡谷鉄道トロッコ電車の車窓からしか見ることができない。だからこの最近(2015年)の写真とか超貴重です。

分離派建築会メンバーが意匠にたずさわった唯一のダム、小屋平ダム(1936年竣工、写真提供/萩原雅紀)

中央の塔屋のみ流線形になっている。この流線形を「ダムの形態全体を引き締め、まとめあげる役割を果たしている。その造形手法がいかにも分離派の好みが活かされているようで興味深い」と評したのは建築家の内藤廣だ(写真提供/萩原雅紀)

小屋平ダムのさらに上流にあり、うりふたつの仙人谷ダム(山口がタッチしたかは不明)。小説『高熱隧道』の舞台としても知られている(1940年竣工、写真提供/萩原雅紀)

……なぜこんな貴重な写真があるかって?  当メディアは「ダム道」でおなじみダムライター&写真家の萩原雅紀さんを擁していますからね、フフフ……。萩原さんがせっかく撮ったのになかなか世に出す機会がなかった写真は「分離派建築会」という切り口のおかげで、めでたくご開陳となりました。パチパチパチ。(※萩原さんの撮影写真はすべて立入禁止場所から特別な許可を得て撮影しているそうです)

ゆるく円弧を描いている小屋平ダム沈砂池水門建屋(1936年竣工、写真提供/萩原雅紀)

沈砂池の入口/出口に設置された上下昇降型水門を格納する(写真提供/萩原雅紀)

小屋平ダム沈砂池入口水路(写真提供/萩原雅紀)

まるで地下神殿のような小屋平ダム沈砂池内部(写真提供/萩原雅紀)

小屋平ダム沈砂池内部(写真提供/萩原雅紀)

ほかにも解説には「田園都市株式会社」に関連して来年の大河ドラマ『青天を衝け』の主人公である渋沢栄一の名などがしれっと出てくる。ああそういえばこの人も同時代の人物だったなと勉強にもなるし、そのあたりに反応する歴史好きならきっとハマると思う。

 
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「建設の匠」編集部
「建設の匠」編集部
「建設の匠」編集部の中の人。ひとりで取材したり記事を書いたり写真を撮ったりしております。ツイッターは@KensetsuTAKUMI、フェイスブックは@kensetsutakumi2018。
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