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旧都城市民会館ドキュメント24―メタボリズムの名建築がわたしたちにのこしたもの【後編】

旧都城市民会館ドキュメント24―メタボリズムの名建築がわたしたちにのこしたもの【後編】

解体目前のメタボリズム建築・旧都城市民会館をめぐるルポルタージュの後編です。前編はこちら

 

それでも愛されていた建築

前編では旧市民会館に対するネガティブな話題を書き連ねてしまったような気がするので、お口直しがてら(?)、見学会参加者の声をご紹介したい。

参加者からは、さまざまな話を聞くことができた。この建築は、間違いなく人々の記憶に爪あとを残したのだな、と感じられた。

※写真はイメージです

「昭和42年3月に、ここで結婚式を挙げたんです。式も披露宴もして、写真も撮ったの。あ、あそこにいるのはその後に生まれたうちの娘よ」という女性は、「建物も古いし、音響が悪いとか言っていた人もいたけれどね。なんだか怪獣の背中みたいでしょ? 私はこの建物でよかったと思いますよ。前にお友達と食事会した時に聞いたら、反対が3人で、賛成が2人。私は残してほしかった。なんか壊されるのが忍びないですよね」と目を細めて語った。

近所に住むという主婦ふたりは、近くの小学校に通い、放課後にはこの旧市民会館で遊んでいたそう。「ひさしがあるから雨の日も遊べるし、街灯があるので夜も遊べた。世界で一番ここで遊んでます」と胸を張る。

彼女たちは、「市は『観光に力を入れる』と言っているのに、なんで壊すのかしら。世界遺産になったかもしれないし、ここを買いたいという地元企業だってあったのに」「地元の新聞社が報じないのはなんだかおかしい」「解体に反対すると仕事なくなるから建設関係者もなにも言わないわ」「農業の町で田舎だからねえ、○○党が強いのよ……」と解体決定までのプロセスには不満があるようだった。

しかし、他の市民も同様にこの施設に対する愛着があるのかを尋ねると、「もう使われてないからね、結局は。知らない人のほうが多い。(こだわりがあるのは)私たちの年齢の人ぐらいだよね」と言った。

京都からひとりでやって来た建築士志望の専門学校生が、じっと旧市民会館の上部を見つめていた。設計者のことは授業で扱われた「スカイハウス」で知っていて、一連のニュースを5月にツイッターで知り「ああ、あの菊竹さんの建築か!」と認識したらしい。

実際に見た感想は?「……まだぼくも一般市民目線なんですが、『すごいな』とか『逆に新しいな』って感情しか出てこなかった(笑)。もっと知識があれば、もっといろいろ語れるのかな。周りからいい意味で浮いているのは分かるんですけれど、逆に目立ちすぎるっていうか。でも、いずれ仕事をはじめて、目新しい建築をつくりたいと思った時に、ここに来てこれを見たおかげで、『構造を外側に出して、テントみたいに吊るす』発想が出てくると思うんです。もし見てなかったら、たぶん難しい」と笑った。

※写真はイメージです

「できるだけ残してほしかったですね、我々の立場からすれば。あれだけ贅沢なものはなかなかない。でも、再生したほうがよっぽどね。ここまで放っておくこと自体がいけなかったんですけどね」と残念がるのは、5月まで建築関係の仕事をしていたという男性。

「だいたい新築から15年ぐらいしたら、サイクル的に1回、手を加えたほうがいいですよね。(施工後しばらくして雨漏りしたと聞いて)施工段階でそれなりのものにするための工法とかがあまりない中で、やったんでしょうね。漏水が起こること自体が……複雑な設計だったと思うから、なんともいえないんですけど」と旧市民会館から目を離さぬまま話した。

※写真はイメージです

「高専(高等専門学校)の先生から授業でよく聞かされていて、有名な建築家の方が設計されたということで、どんな工夫があるのか、どんなデザインなのか見てみたくて」と話してくれたのは、15歳ぐらいの女子高専生数人のグループ。「物心ついた頃から閉鎖されたままだったので、地元なのに『あれ、なに?』みたいな感じで、お母さんに聞いてた」。入ってみて、どうでした?

「中のほうに、梁っていうんですかね。こう、いっぱい線があって、かっこいいなと思ったり、木製のサッシもすごい味を出してて、かっこよくて。正面のピロティーの部分のうねっているところもかっこいいなあ、って」

他県から来て寮暮らしだという別の子も「この建築を全然知らなかったので、これが有名だって学校に入ってから知った。でも『オペラハウスになんか似てる』って最初、思っていました。開いたり閉じたら、おもしろそうだな(笑)」と好きなタレントのことを語るかのように嬉しそうに話してくれた。

取材していたら地元の方に差し入れいただいたペットボトル。おかげで熱中症にならずに済みました。感謝しかない

自転車に乗った中学生ぐらいの男女が、見学会が行われている建物の前で立ち止まった。

「なんかこれ、今日は中に入れるらしいよ」

「すっげー、おれも入ってみたかったなあ」

旧市民会館近くのラーメン屋さんで食べた餃子とチャーハン。安くておいしくて、この後ラーメンも注文してしまった。全部で1,000円! もう一回行きたい

 

……ちょっと引いて考えてみる。見学会に来るのは「旧市民会館の熱心なファン」だけだ。16万人のうち、百何十人でしかない。そこでは、旧市民会館に対する肯定的な声しか集まらない。実は都城市に二日間滞在したのは、「見学会に参加しなかった市民の声」も聞きたかった、という意味もあった。

しかし、筆者が見学会以外で市民に無作為に聞き込みをしたかぎり、旧市民会館の解体に大賛成! という声はほとんど聞かれなかった。市民アンケートでは解体賛成が8割だったのだから、偏りがあったのかもしれないし、平成の大合併で都城市民となった方々(旧市民会館に思い入れのない人たち)に聞けば、まったく違った反応が返ってきただろう。

「すべての市民に愛されていた」とは言いがたいけれど、「多くの人に愛されていた」とは言えるかもしれない。なぜ、たかがひとつの公共施設がこれほど愛されるのか。

自分も地元にある市民会館で同様の発表会や成人式などでの思い出はあるが、仮に壊されたと聞いても、なんの感慨も湧かないのに。

 

取材をしながら、自分が若いころに乗っていたクルマのことを思い出していた。それは、イタリアの大物デザイナーがデザインした小型大衆車で、愛くるしい動物の名を冠していた。平面パネル&ガラスで構成されるなど徹底的に合理化された設計で、名車として誉れ高いクルマである。

しかし、10数年落ちの中古車だからか、80~90年代のイタリア工業製品品質のせいか、キャンバストップ(幌屋根)が走行中にいきなり開いたり、そこから雨漏りしたり、クラッチが踏切で壊れたり、マフラーが落っこちたり……たしか中古車屋で30万円ぐらいで買ったけれど、修理費は暮らしを圧迫する程度にかかったような気がする。

それでも、筆者はこのクルマが好きだった。まるで生き物のようにエンジンをうならせて走る“この子”を手放す時には涙した。

だからといって、あのポンコツ(愛をこめてこう表現する)を万人にすすめられるかというと、そんなことはない。なんといっても、好きだから乗っていられるクルマだからだ。タクシーとしてこのクルマに乗せられたら、十人中八人は怒り出すかもしれない。

いわゆる「あばたもえくぼ」ってやつだ。あるいは「手がかかる子ほどかわいい」――。

勝手な憶測だが、都城市民や見学会に来たみなさんは、不便な点もあるけれどそれを凌駕する個性を放つ旧市民会館に、そんな想いを抱いていたんじゃないだろうか?

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「建設の匠」編集部
「建設の匠」編集部
「建設の匠」編集部の中の人。ひとりで取材したり記事を書いたり写真を撮ったりしております。ツイッターは@KensetsuTAKUMI、フェイスブックは@kensetsutakumi2018。
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