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土木写真家・西山芳一氏は「『土木には文化がない』なんて言わせない」という信念のもとにシャッターを切り続ける

土木写真家・西山芳一氏は「『土木には文化がない』なんて言わせない」という信念のもとにシャッターを切り続ける

日本で唯一の土木写真家、西山芳一氏(にしやま・ほういち)。建設系専門誌『日経コンストラクション』の表紙などを長らく撮影し、「土木写真」というジャンルをつくりだした。いまも『「土木を撮る会」代表として活躍し、出版した写真集・開いた写真展は数知れず、写真コンテストの審査委員や講演活動も精力的に行う。まさに土木写真のレジェンドである。

30年以上、ファインダー越しに土木現場を見つめてきた西山氏は、人材不足やICT技術の進歩によってこの世界がどう変わっていくと考えているのか。その胸の内を明かしてもらった。

ダムとのストーリーは突然に

東京造形大学の写真学科に在籍していた頃、超大手広告代理店にアシスタントとして出入りするようになった。その才能は突出しており、半年も経たないうちにアシスタントを20人ぐらい率いるチーフアシスタントになったという。

「大学3年生で、ですよ。でも自分の作品の撮影のために北海道へ1か月行って戻ってきたらチーフからヒラのアシスタントに降格させられていた」

ここで責任者とケンカするも、今度は別の代理店から「うちで撮ってくれないか」とオファーが。この大手代理店が惚れる撮影の技術、大学ではなくこのような仕事の現場で学んだのだというから驚かされる。むしろ4年生の頃には西山氏が大学の教壇に立ち、4×5(シノゴ)カメラや大型ストロボの扱い方、アオリ撮影のやり方を仲間に教えていたのだとか。

この技術のルーツは、「理系脳」だった。

「中高生の頃、数学と絵画が好きでした。この両方を兼ね備えたものとして、工業デザインを仕事にしたいなと考えていた。でも志望大学の進学は難しいとなって、あらためて数学と絵心の合わさったものはないかと思案の末、出てきたのが写真でした」

「数学と絵心が合わさる=写真」とはいったいどういうことか?

「写真とは“光の原理”を応用した、すごく素直なものなんですよ。光の原理はビリヤードと同じで幾何学に近い。だから幾何学を応用すればライティングも一発で決まる。私の写真は理系なんです」

「中途半端なシンメトリーが一番嫌いでね」と笑う西山氏の写真は、たしかにシンメトリック(左右対称)な作品が多い。構図は集約点を最初に決めるのも特徴だとか。フィルム時代のモノクロ現像に際しては、温度管理はもちろん対数も駆使して、統計を取り、数値分析していたという。作品づくりがきわめてロジカルなのだ。こんなアプローチをする同業者はほとんどいないらしく、だから若くして企業に引っ張りだこだったのだろう。

フリーとして独立した後、日本経済新聞社に出入りしていた西山氏。日経は来るべきインターネット時代の到来を見越して、建築物などさまざまな資料写真を撮影・収集していたのだという。そこで当時の部長に声をかけられる。

「『日経BP社から土木の専門誌が出るから、西山さん、やってみる?』と。『日経アーキテクチャー』がすでにあったにも関わらず、私に建築物を撮らせてくれていた人でした。そこで『日経コンストラクション』創刊編集長を紹介していただいたのが、土木の世界に足を突っ込んだきっかけです」

この話、実は伏線があった。大のクルマ好きである西山氏は、当時“ヨンク”と呼ばれていた四輪駆動車を駆り、スタジオ撮影仕事の合間に山の中を走り回っていた。

「ある時、車中泊しながら新潟の山の中を走っていたら、『十字峡』という渓谷があると地図で知った。それを見たくてジープを走らせて行ったんだけれど……ないんですよ。上から見たら山を切って、重ダンプがチョロQみたいに砂塵を巻き上げて走っている。『これは何をやっているんだろう?』と、飽きずに半日ぐらいずっと見ていた」

あとで分かったのだが、それは新潟県南魚沼市のロックフィルダム・三国川ダムの建設現場だった。以来、「いつかはあの現場の中へ入って、写真を撮ってやりたい」と思いを抱いていた西山氏にとって、『日経コンストラクション』撮影の仕事はまさに渡りに船。「これであの中に入れるな」とほくそ笑んだのは言うまでもない。

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「建設の匠」編集部
「建設の匠」編集部
「建設の匠」編集部の中の人。ひとりで取材したり記事を書いたり写真を撮ったりしております。ツイッターは@KensetsuTAKUMI、フェイスブックは@kensetsutakumi2018。
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