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日建設計社長・亀井忠夫氏は「パッションと調整力」の両輪で世界最大級の設計事務所を牽引する【前編】

日建設計社長・亀井忠夫氏は「パッションと調整力」の両輪で世界最大級の設計事務所を牽引する【前編】

時は1900年。飛行船ツェッペリンがはじめて空を飛び、近代オリンピックはまだ第2回目、ノーベル賞は創設まであと一年待たなければならない。そんな年に、日建設計(当時は住友本店臨時建築部)は産声を上げた。

いまや売上は420億円以上(2018年決算結果)、1,927名の社員のうち、一級建築士は実に878名。組織設計事務所としては日本一の規模。それどころか、世界でもトップクラスの規模だ。

しかし、どれだけの一般人が、日建設計を、いや「組織設計事務所」を知っているだろう。テレビや新聞・雑誌で広告展開しているわけでもない。かくいう筆者も正直なところ、このメディアに携わるまで組織設計事務所というカテゴリを知らなかった。

組織設計事務所は建築設計以外の事業を拡大していく中で多様な人材を確保していくためには、建築を学ぶ学生や建築学部・学科を志望する高校生、さらに建築以外の専門の人にまでアプローチしていかなければならない局面に立たされている。

そんな日建設計の社長を2015年からつとめる亀井忠夫氏に、「建築設計の匠の技」の持続可能性と、これからを担う建設パーソンへの想いをうかがった。

写真/髙橋 学(アニマート)

 

ものづくり好き少年が建築設計の道を選んだワケ

「粘土細工やプラモデルなど、ものをつくることに幼いころから興味がありました。小学生のころは自動車の絵をよく描いていて、自動車をデザインする仕事に就くことも考えていました。あるとき、友達の家を見に行ったんですが、そこが一般的な住宅ではない、個性的な住宅で……。それが印象に残っていたんでしょうね、大学を受験するときに『建築をやってみよう』と決めました」

「潜在的にものづくりに関わっていきたいという想いがあった」と語る亀井氏だが、志したのは自動車のエンジニアではなくデザイナー、建築も実際につくりあげる職人ではなく、アイディアを描き出す建築家というかたちでの参画だ。

大学院の修士課程を修めたあと、若き日の亀井氏を待ち受けていたのは就職のいくつかの選択肢である。ゼネコンなのか、役所なのか、デベロッパーなのか、それとも設計事務所か――。

設計事務所といっても、ひとりの主宰者が取りしきる個人設計事務所もあるし、日建設計やゲンスラー、スキッドモア・オーウィングズ・アンド・メリル(ともにアメリカ)のような組織設計事務所もある――亀井氏は後者を選んだ。「組織のほうが自分にはやりたいことができるだろう」と思ったからだ。

「アトリエ系設計事務所でひとりの主宰者に従事すれば、その主宰者のやり方を全部学べる良さもありますが、わたしとしては多様なプロフェッショナルのいる組織に興味がありました。その点、雑誌などで見ていた日建設計という組織は、わたしが目指すものに近いものをつくっていましたし、海外の組織事務所とも共通するんですが、デザインをする人だけではなく、構造や都市デザインなどさまざまなタレントが在籍し、協働してプロジェクトに取り組んでいる印象を持ったんです」

スター建築家を目指すのではなく、いろいろな人がいる組織設計事務所で、協働して大きなプロジェクトを実現していこう。亀井氏はそう決心した。

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「建設の匠」編集部
「建設の匠」編集部
「建設の匠」編集部の中の人。ひとりで取材したり記事を書いたり写真を撮ったりしております。ツイッターは@KensetsuTAKUMI、フェイスブックは@kensetsutakumi2018。
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