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特集・国土交通省官庁営繕部(8)
// 本文の表示 画像がセットされていない場合は、画像分の余白ができてしまうのでtxtクラスは使わない。 ログインしていない場合も画像は表示しない。?>官庁営繕部が携わる国の施設は多種多様であり、求められるニーズも時代の移り変わりとともに、変化している。時代の変化に応じて、公共建築はいかにあるべきか。そこで、国土交通省社会資本整備審議会委員などを歴任し、公共建築のあり方をはじめ、多方面にわたり精力的に発言している東洋大学法学部教授で弁護士の大森文彦氏に、公共建築のあり方について提言をいただいた。
【東洋大学教授・弁護士 大森文彦/社会を支える公共建築の展望と課題 ~問われる発注者のあり方~】
公共建築は、国民の税金を使って建てられるという点で、特定の個人または法人の費用で建てられる民間建築とは異なるさまざまな問題があります。そもそも論としての公共建築物の存在意義、わが国の建築生産システムのあり様を踏まえた個別プロジェクトの合理性の追求、公共建築物としての品質のあり様、公共建築における発注者の役割、公共建築における発注者としてのリスク負担のあり様のほか、設計者や施工者などの建築生産関与者(以下「生産関与者」と言います。)を選定する手続きの適正性、生産関与者との契約内容の適正性など、挙げればキリがありませんが、ここでは一般にあまり知られていない、完成建築物の欠陥問題に潜む発注者のリスクについて言及したいと思います。
◆完成建築物の欠陥問題に潜む発注者のリスク
完成した公共建築物に欠陥があることが判明した場合、すべて生産関与者の責任として処理する、すなわち欠陥に対する発注者のリスク(以下「発注者の欠陥リスク」と言います。)はゼロでしょうか。世間一般では、発注者は単なる注文者なので、リスクなどあるはずもないと考えているような気がします。しかし、事は、そう簡単ではありません。たとえば、施工者は契約不適合責任(2020年4月1日施行の改正民法)や不法行為責任を、設計者は債務不履行責任ないし契約不適合責任や不法行為責任を負いますが、欠陥を是正する費用等欠陥によって生じるあらゆる損害は、現状、こうした生産関与者の法的責任だけでは、カバーし切れません。
たとえば、発注者が企画し、依頼した地盤調査の結果をもとに、設計者がPC杭長を一定の長さに設定したとします。しかし、完成した建築物の杭が支持地盤にまで到達していないことが判明した場合、施工者は契約不適合責任を負うでしょうか。世間一般では、造った者(施工者)が当然責任を負うかのように考えがちですが、施工者は、設計どおり施工することが仕事の内容ですから、設計どおり(すべて同じ長さの杭)施工している限りにおいて責任は負いません。では、設計者はどうでしょうか。設計者も、発注者から提供される地盤調査結果に基づいて設計することが業務の内容ですから、発注者の地盤調査結果(すべての調査ポイントにおいて同じ深さに支持地盤がある)に基づいて設計している限りにおいて責任は負いません。地盤調査会社も同様に、発注者が企画したとおりに調査することを業務の内容とするため、発注者が企画(数カ所のポイント調査の実施)したとおり調査している限りにおいて、責任は負いません。したがって、もし完成建築物を造り直すとした場合、それにかかる費用は、すべて発注者の負担とならざるを得ません。つまり、「発注者の欠陥リスクは、現状のシステム上は、発注者が負担せざるを得ないこともある」ということを発注者はよく認識すべきです。すなわち、現状における生産関与者の法的責任には一定の限界があるため、発注者が負担を覚悟しなければならない場合もあるのです。単純化して言えば、(発注者の欠陥リスク)=(完成建築物の欠陥によって生じる損害)-(生産関与者の法的責任)>ゼロです。
◆発注者側の仕組みにも工夫・改良の余地はある
では、発注者の欠陥リスクはゼロにすべきなのでしょうか。民間であれば、個別の取引関係から、技術的側面からのアプローチというより、単に生産関与者の責任範囲を拡大することで、発注者の欠陥リスクを限りなくゼロに近づけることは可能かもしれません(これを一般化することは社会全体として望ましいとは思えませんが)。しかし、少なくとも建築生産システム全体の合理性を踏まえるべき立場にある公共建築の場合、こうした方向性は、あまり合理的とは思えません。生産関与者の責任範囲の単なる拡大は、建築コストの上昇を招き、必ずしも税金を支払う国民にとってプラスになるとは思えないからです。
もっとも、先ほどのケースで言えば、発注者はただ一般的なルールに沿って地盤調査を発注しただけなのに、このような欠陥リスクを負わなければならないのはいかにも不合理、という考えもあり得ますが、もっともです。では、どうすればよいのでしょうか。個人的には、現状の建築生産の仕組みに少し工夫・改良を加えることで解決できると思っています。たとえば、詳細は省きますが、先ほどのケースでは支持地盤がかなり波打っていることが予想できる敷地であれば、ボーリングの位置や数など企画段階においてそれなりの工夫をすることで解決できると思います。
要は、発注者の欠陥リスクをできるだけ減らすためには、建築生産全体の合理性という視点のもと、これまで当然視されてきた一般的ルールは原則ルールと理解し、個別のプロジェクトごとに個性に応じた例外ルールを導入できるような柔軟な仕組みを採り入れることが合理的だと思います。建築生産は、建築する敷地ごとに状況が異なるため、画一的なルールをあてはめることによって、むしろ発注者の欠陥リスクが増加することもあり得るからです。
◆建築生産システム「全体としての合理性」という視点から再検討を
こうした発注者の欠陥リスク問題にとどまらず、公共建築におけるさまざまな問題を解決するための一方策として、現状の建築生産で適用されるさまざまなルールや基準について、一度、建築生産システム「全体としての合理性」という視点から再検討してみる価値はあるのではないでしょうか。こうした再検討は、必ずや公共建築、民間建築を問わず、日本の将来の建築生産システムの合理化に向けての水先案内になると思われます。そして、こうした視点での検討を担えるのは、まさしく公共建築の発注者だと思います。公共建築の発注者のあり様が今後の日本の建築生産の仕組みのあり様を決めると言っても過言ではないかもしれません。今後の公共建築が見せる展開に大きな期待を寄せています。
残り50%掲載日: 2020年5月26日 | presented by 建設通信新聞