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  • 建設論評・きたない現場と事故

     労働安全衛生法が施行される以前の1960年代は、労働災害が多発し、建設業の死亡災害はいまの約10倍で、年2400人を超えていた。

     

     当時はどこの現場も建設会社の社名・社章と並べて、安全第一と緑十字、整理整頓の大きな看板を最も目立つ場所に掲出し、労働安全を演出した。

     

     だが、保護帽の普及はこれからで、小規模工事ではねじり鉢巻き、野球帽、麦わら帽子が普通だ。ゼネコンでは、作業者へ保護帽の貸し出しがあり、現場監督は作業者の保護帽の着用とあご紐(ひも)の状況を注意するのも仕事の1つだった。欧米の戦争映画で、兵士があご紐なしで鉄帽を被っているのを真似する若者がいたが、彼らと違い日本人の後頭部は扁平(へんぺい)だから、あご紐なしでは容易に脱げる。安全帯の着用は、ゼネコン社員ととび工くらいだった。

     

     そんな時代に、「きたない現場は事故災害が少ない」という話を度々聞いた。きたない現場は、整理整頓等の管理が行き届かず、現場の中はどこでも危ないから、作業者が自ずと注意するので事故災害がなくなると、もっともらしい理屈が付いていた。まだ現場経験も浅く、そんなものかと思ったが納得できず、疑問符が付いたまま残った。

     

     同じころ、会社の指示で竣工が迫ったある大規模工事の応援に行った。現場の入り口は搬入資材が雑然と積まれ、危ない床開口が至る所に口を開け、作業者が行き交っている。まずは大所長へあいさつにうかがった。所長室では大所長が悠然と構え、そこには竣工前の慌ただしさは皆目なく笑顔で迎えてくれた。大所長の人柄によるものか、偶然か、皆の注意力か…、その現場は竣工まで大きな事故災害はなかったと後に聞いた。

     

     建設会社によって違うと思うが、当時古参の大所長には、それぞれ独自の信念と強い個性、包容力があった。大所長の名前に、○○学校、△△大学、××監獄などと渾名(あだな)が付いていた。渾名の学校・大学では、時折仕事が終わった夜に所員を集めて、大所長が長年書き留めた古いノートを見ながら、現場管理の極意を小出しに教える。丸太足場で結束番線の長さや工事歩掛かり、リベットの検鋲(けんびょう)のコツなどを豊かな経験を交えて話し聞かせ、情報量の少ない時代の貴重なデータだった。監獄は現場管理の厳しい鬼所長で誰もが赴任をいやがったが、任期を終え無事出所すると社内では箔(はく)が付いた。だが、時の流れにこんな学校も大学も監獄も消えていった。

     

     ことし冬に始まった新型コロナウイルスは、夏が来てもいまだに衰えない。このウイルスには不明なことが多く、まずは自分自身と環境が、ウイルスに汚染されているかもしれないことを前提に、人々はすべてを不信の中で暮らす。自分と周りの社会の安全が信じられないことは、大きなストレスになる。いま建設現場では、信じられる安全管理と、安心して働ける作業環境の確保が事業者の大切な務めだ。

     

     ところで、いま日本の建設現場は整理整頓が行き届き、世界一きれいと評価されるが、半面、10万人当たりの死亡者数は英国の4倍以上も多い。

     

     「きたない現場は事故災害が少ない」か。(傘)

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    掲載日: 2020年8月18日 | presented by 建設通信新聞

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