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  • 建設論評・デジタル化に潜む罠

     かつて“幻の酒”ともてはやされ、一世を風靡(ふうび)した日本酒があった。当時は、日本酒といえば、その酒さえ出していれば喜ばれたというほどで、まさに“猫も杓子も”という状況だったことを思い出す。そのお酒はいまも 安定した評価を得てはいるものの、かつてのようにはもてはやされておらず、一般的なお酒の1つというイメージだ。

     

     ある日本酒通によると、その酒造元は杜氏(とじ)の高齢化と担い手不足によって熟練の技術が失われることを懸念し、コンピューター管理による製法で熟練の技術を伝承しようとしたという。コンピューター管理にすることで、杜氏の熟練度によって品質が左右されるのも防げるようになり、安定して一定量を世に送り出せるようになった。

     

     現在の建設業の技能伝承・技能者確保にも通じるこの逸話には2つの問題が潜んでいる。1つ目は属人性はどこまでも解消できないという点で、2つ目は希少性の消失だ。

     

     杜氏の熟練技術という特別なノウハウをコンピューターに教え込ませたことで技能伝承の問題は解消できたものの、その後、世の中の関心を引くほどの新商品を開発できず、他の日本酒に埋もれていったという。前出の日本酒通は「ノウハウをデジタル化できても、その商品を販売するノウハウはデジタル化できない。一世を風靡した時代の経営者が一線を退くと、急速に世の中の関心が薄れていった」と解説する。製造法は伝承できたが、販売法は伝承できなかった。言い換えれば、個人の能力に頼る“属人性”を解消しようとしたものの、ほかの部分での属人性によって持続的な繁栄は築けなかったということだ。持続可能性を求めて技能をデジタル化しても、ほかの部分には必ず属人性が残るため、属人性を許容した総体としての持続可能性がなければ、真の持続可能な成長は実現しない。

     

     2点目の希少性の消失という問題は想像しやすい。デジタル化によって安定して一定量を製造できるようになった結果、「なかなか手に入らない」という価値が失われ、市場に埋もれた。

     

     北海道・富良野の振興に尽力している脚本家の倉本聰氏は、地域活性化のために名産品を生み出すことを考えた地域の若者が、札幌や東京でも販売できるルートを開拓しようとしたところ、「富良野に来なければ買えないものにしなければダメだ」と諭したという。「そこにしかない」という名産品やイベントを考案した結果、人々を惹き付け、富良野はドラマ人気に頼らずとも安定した市場を確保できるようになった。

     

     他産業と同様に建設業でもいま、熟練技能のデジタル化が広がっている。だが、デジタル化は一歩間違えば、結局“この人しかできない”という部分が残って伝承がままならず、しかも“この人しかできない”という武器をも手放して価格での競争しか道がなくなるという結果を招きかねない。デジタルトランスフォーメーション(DX)は、それほど劇薬なのだ。

     

     事業体という 総体の中で、どの部分の属人性を許容し、どの部分の希少性を守るのか。企業経営者の手腕が問われている。(啓)

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    掲載日: 2020年11月30日 | presented by 建設通信新聞

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